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応用社会心理学のさらに新しいかたち患者−専門家間の水平的な関係性の構築:患者主体の具現化を目指して

筆者: 川本静香(立命館グローバル・イノベーション研究機構 専門研究員) 執筆: 2017年6月

 患者主体の支援、患者主体の治療。従来から用いられる言葉ではありますが、最近になってより一層耳にするように思います。「患者が主体となって支援や治療を受ける」ということは、端的に言えば患者が積極的に自分の病気や治療について情報収集をし、考え、その上で治療方針を決定する、ということです。しかしながら、これを実現することはそう簡単な問題ではありません。
 患者主体の具現化を難しくしている要因はいくつかありますが、その大きなものに、医療者と患者間の情報格差があります。病気や治療に関して、私たちは十分に知識を持っている訳ではありません。自分が病気になった時、インターネットや書籍、あるいは身近な人から情報を得ることは出来ますが、治療する側である医療者の持つ最新の情報や知識量と肩を並べるのは容易いことではありません。またその病気が特殊なもの、個人差の大きいものなどになれば、病気や治療に対する情報を集めることは格段に難しくなります。こうした病気や治療の情報格差は、医療者と患者間の立場の非対称性を生む要因となります。それは医師が提案する治療方針に疑問があっても、「疑問を伝えると関係性が崩れ、良い治療をしてもらえなくなるのではないだろうか」といった思いを生むことがあります。情報格差に伴う医療者と患者間のパワーバランスの偏りは、いわゆるパターナリズムと呼ばれる、医療者が治療に対する決定権を持ち、患者にそれを押し付ける、といった治療関係に陥ってしまう原因ともなります。
 このような関係性による治療は、患者主体とは程遠い治療です。では、どうすればパターナリズムのような関係性に陥らず、医療者と患者が対等な関係性(水平的人間関係;サトウ,2007)の中で情報格差をなくし,患者主体の支援や治療を具現化することができるのでしょうか。
 そのための取り組みとして現在進められているものに、「患者主体の意思決定ガイド」と、「市民と医療者が病気について共に考えるコミュニティづくり」があります。

オタワ意思決定支援ガイド(Ottawa Personal Decision Guide)

 オタワ意思決定支援ガイドは、「1.意思決定を明確にする」「2.意思決定における自分の役割りを特定する」「3.自分の意思決定のニーズを見極める」「4.選択肢を比較検討する」「5.次のステップを計画する」の5つのステップからなり,治療について患者が自分で考えたり、医療者に自身の意思決定を伝えることを支援するものになっています(有森,2015)。

市民と医療者が病気について共に考えるコミュニティづくり

 地域コミュニティにおいて、医療者と患者やその家族、一般市民が対話をする場を設定し、その中でお互いの価値観を理解し合う取り組みが行われています。そのひとつが「カフェ型」ヘルスコミュニケーション(孫,2013)と呼ばれるものです。「カフェ型」ヘルスコミュニケーションでは、市民と医療者が対等な立場で病気や健康について話し合い、それぞれの価値観を理解しあう場になっています。こうした場は、情報を持っている医療者と市民との情報格差を埋める役割りも果たし、市民と医療者間の情報格差による非対称的な関係性を打開し、水平的な関係性の構築に近づくための取り組みとなっています。
 オタワ意思決定支援ガイドや、カフェ型ヘルスコミュニケーションなどの取り組みは患者主体の支援や治療の具現化にとって重要な取り組みとなっています。今後、こうした取り組みについての研究や実践がますます求められるでしょう。

引用文献

  • サトウタツヤ(2007).ボトムアップな人間関係−心理・教育・福祉・環境・社会の12の現場から 未来を拓く人文・社会科学シリーズ02 東信堂
  • 孫大輔(2013).対話の場作りをすすめるファシリテーターと省察的実践.日本プライマリ・ケア連合学会誌, 36, 124-126.
  • 有森直子(2012).第5章 リプロダクティブヘルスにおける意思決定支援 中山和弘・岩本貴(編) 「患者中心の意思決定支援:納得して決めるためのケア」 中央法規出版

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