総合的若者支援研究プロジェクト若者ソーシャルワーク論構築に関する基礎研究―同級生殺害事件のあった地域での生活支援に理論構築の哲学を探る―
若者ソーシャルワーク研究の必要性と目的
困難な生活状況にある若者を対象とします若者ソーシャルワークは、その近接領域にユースワークやスクールソーシャルワーク等の実践があります。ユースワークは、教育学あるいは社会教育学に立脚し発展し、若者ソーシャルワークとスクールソーシャルワークは、社会福祉学あるいは社会学を基礎科学とし発展しつつある実践です。今、思春期以降の学校から社会に参加(移行)する若者、さらに青年期から成人への移行期にある若者を主な対象とする若者ソーシャルワークが、若者問題に対峙する社会福祉実践として、他の実践と異なる独自性をもつことを証明し、その存在価値や意義を明らかにすることが求められています。
若者ソーシャルワークの対象として現れる者たちの多くは、了解しがたい出来事(人生)と出会い、その苦闘から解き放たれることを求めています。この研究は、そうした若者たちが苦闘から解き放たれることが可能となる方法と実践哲学の検討を行うものです。
若者ソーシャルワークの対象
今日、様々な格差が生み出す深刻な貧困や生存の危機、さらに、新自由主義的価値観と競争が貫徹する教育や社会の下で他社との繋がりが奪われ孤立を余儀なくされた移行期を送る若者たちが多くなっています。1980年代より、日本の子どもにみられる、生活意欲や学習意欲のなさ、生活知性や生活能力(労働能力はその中核)、それを支える身体能力の劣弱、連帯感や自治能力の劣弱や、それらの「発達疎外」の典型としての、非行の増加・年少化、自殺の年少化、登校拒否症の増加などは、「人間の種の持続」の危機として捉えるべきであると指摘されてきました。
2015年度の研究概要
本年度は、若者ソーシャルワークが対象とする若者の「発達疎外」状況を明確にする必要があると考え、地域を限定した調査研究を行いました。その地域は、長崎県佐世保市です。2014年度に生じた高校生による同級生殺害事件は、多くの人が心を痛めました。ただ、その事件は、突然生じたものではないと私たちは考え、その地域設定を行ったのです。
そこで、2015年度調査では、地域住民を「父親・母親グループ」「主体的に子どもを守る運動に取り組んできたグループ」「商店街 商店主グループ」「学童保育実践者グループ」「子ども・若者支援者グループ」「2004年当時、小学校高学年であり、現在20代前半にある若者」「2004年当時、小学校高学年であり、現在20代前半にある若者の親」にグループ化し、若者たちにとって佐世保は暮らしやすい場なのか。2014年に生じた事件の10年前に生じた小学生による同級生殺害事件以降、地域ではどのような取り組みがあったのかを聴取しました。
研究結果
詳細な研究結果は、現在分析中です。ただ、調査のなかで、語られていた事実の一つに、佐世保市はすべての小中学校を対象に、毎年6月を「いのちを見つめる強調月間」と定めていますが、その「いのちを見つめる」実践が形骸化しているのではないかという語りがありました。また、「学童保育実践者グループ」「子ども・若者支援者グループ」「若者たちのグループ」の語りには、「佐世保も競争が厳しい地域になってきた。子どもたちは、その競争のなかで苦しんでいる」というものがありました。さらに、若者たちのグループからは、2014年の事件が生じた高校のみならず、市内の高校が大学進学の結果を出す為に懸命であり、「自分たちのしんどさを理解できていない」状況があるという語りがありました。
また、2014年事件の背景に児童相談所のパワーハラスメントによる実践者の「働きづらさ」が存在していたことが外部委員会の調査においても明らかとなっていますが、各グループの語りで、公的支援機関への不信が住民のなかにあるが、「不信や不満をどこにどう伝えるのかがわからない」といった語りがありました。
今後の課題
私たちの研究は、若者が、その発達過程において生活上の諸課題から影響を受けてきた『生』と『生の営みとしての生活』を視野に入れ進める必要があります。そのなかでは、大人に移行しようとする彼らが、生存・発達上の諸課題と向き合う力を獲得する為に必要な“生きる場”における諸実践とそれを支える運動、法や制度を検討する作業が求められています。