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立ち直り研究会受刑者処遇の分水嶺

筆者: 中島学(美祢社会復帰促進センター センター長) 執筆: 2019年9月

 1970年代に法務総合研究所の研究員であった佐藤欣子はPeter G.Garabedian(1969)“Challenges for Contemporary Corrections “ Federal ProbationVol.33No.1をレビューし、そこで指摘される「新しい監獄学」の出現と共に信仰されはじめた多数の「聖牛」(偶像礼拝)による疲弊としての「専門家専従主義」と「犯罪者「改善」必須主義」に関して、批判的な論評を「刑政」誌に寄稿している。寄稿した当時は、「管理行刑から処遇行刑へ」という監獄法改正の機運が高まってきている時期であったことを鑑みると、「処遇行刑」のその先にある課題、それは21世紀の現時点においても未だぼんやりとしているものを、的確に示していると感嘆するしかない。
 「第一の聖牛は『専門家(プロフェッショナル)だけが犯罪者を処遇する資格がある』という聖牛である。(中略)犯罪の改善が矯正の目的とされはじめてから、犯罪者は処遇(トリートメント)を必要とする『病人』と考えられてきたのであり、その処遇は『サイコセラピィ』(精神療法)となったのである。この観念は、精神医、心理学者、ソーシャル・ワーカー等によって発展され、矯正の実務に非常に影響を及ぼしたのである。(中略)犯罪者は病人であり彼は治療せられなければならない。しかし、犯罪者の治療は誰でもできるというわけではない。それは大学院等で開発された技術と専門的知識を持つ『専門家(プロフェッショナル)』に委ねられなければならいのである。」(佐藤, 1975, 69頁)と指摘し、さらに、その専門家と当人との関係は対等なものではなくなるばかりか、自らその被処遇者と変質する課題を次のように明らかにする。「そして犯罪者も心理学者等の『処遇』を受けることを望むのである。彼等は自分自身を処遇の受動的な受益者と考え、セラピストを能動的に処遇を与える者と考える。つまり犯罪者は更生の努力は『技術的』、『専門的』な作業を身分の高い職員の側に要求するものであって、更生されるべき人間の側に努力を要求するものではないと考えるのである。」(佐藤, 1975, 116頁, 70頁)
 このようなある種の他律的な処遇の効果が施設から一歩出た社会において、犯罪をせずに社会の一員として自律的に生活を継続する、という更生の日々を支えるとは誰しも思えないことは明白である。では、更生の日々を支えるための処遇とはどのようなものであるのか、その点についても次ように言及している。
 「むしろ善良なる一般市民が享有している社会的文化的資源の欠如に苦しんでいるのである。犯罪者は人並みの生活を保障してくれるような教育その他市場性のある技術を持っていないのである。さらに有罪の烙印や刑務所生活の経験が不平等や差別をもたらすのである。(中略)いわゆる専門家の医学的アプローチは訂正されるべきであり、現在、非専門家と規定されている多くの人々こそ実は処遇の資格を持っている人々であり得る。」(佐藤, 1975, 116頁, 70頁)
 科学主義・新自由主義等の行き過ぎた弊害等については「ポストモダン」や「物象化」といったテーマによって検討されてきているが、学問領域の細分化や専門化は、それ自体が問題を引き起こす要因となりえるジレンマを抱えている問題点がここでも明らかにされている。
 また、第二の聖牛としての犯罪者「改善」必須主義については、次のようにレビューしている。
 「第二の「聖牛」は、『犯罪者は自分自身を変化させなければならない』という矯正関係者の観念である。すなわち大部分の矯正職員は、犯罪を発生させるような社会の諸特徴を変革することによって犯罪者を社会に復帰させるという考え方が強調されているにもかかわらず、依然として、犯罪者がまず変わるべきであると信じているのである。(中略)社会こそ『病人』であり、治療を必要としているのであり、従って変革されるべきものではないか。この見解は、勿論個々の犯罪者を看過するわけではない。しかしそれは社会変革のための戦術を個人に対する干渉よりも強調するものである。」(佐藤, 1975, 116頁, 70頁)
 犯罪者や非行少年が持つ社会的排除を含めた様々被害性に着目する時、「矯正」の対象となるのは、社会と専門家と呼ばれる処遇担当者自身ではなだろうか。とりわけ成長発達段階にある少年らのこれまでの生育史やその自我形成等は、逸脱や非行が本人のみにその責任を負わせることが困難な者が多く、それは、まさに社会こそ改善の対象とすべき点を明らかにしている。
 「再犯防止」を推進することが目的化されたその応答として、今、一番に考えなくてはならないのは、社会において犯罪を犯さずその一員として社会生活を過ごすことができるような社会復帰支援であり、それは、今回の我々が検討した、その犯罪からの離脱や回復に焦点をあてた、当事者を中心とした新たな処遇理念の構築にあるのではないだろうか。(日本犯罪社会学会, 30-41頁)

引用文献

  • 佐藤欣子「現代矯正の課題」刑政第85号第8号(1975),69頁,116頁,70頁
  • 日本犯罪社会学会第45回大会報告要旨集30-41頁 テーマセッションB

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