プランニングと順序記憶に関する研究人間と人工知能の問題解決能力
問題解決とは何か
私たちは日々さまざまな問題にぶつかりながら生きています。例えば,今日の夕飯を何にしようか,といったことから,今後の人生をどう生きようか,環境問題をいかに解決すべきか,といったようなことまで,その問題は多岐にわたります。このような問題解決能力は人間に備わった重要な能力です。経営学や組織論の研究者であるSimon, H. A.と計算機科学・認知心理学の研究者であるNewell, A.は問題解決を「現在の状態から目標状態に至る経路を探索することである」と考えました(Newell & Simon, 1972)。
人工知能と問題解決
SimonとNewellはコンピュータープログラムに問題解決をさせるアプローチとして,手段-目標解析という方法を提案しました。これは,現在の状態から目標状態に到達するために,小さい下位目標を設定し,それらをひとつずつクリアしながら目標に近づくという方法です。さらにこれを発展させ,プロダクションシステムと呼ばれるシステムを考案しました。プロダクションシステムは,人間の推論課程をモデル化したものです。プロダクションシステムは,「もしAであるならBする」というルールだけを用いて問題解決を行います(AやBには問題に応じてさまざまな条件や行動が入ります)。プロダクションシステムにおいては,このルールと,現在の状態を記憶する「ワーキングメモリ」が重要になります。ワーキングメモリには現在の状態が記録され,この現在の状態とルールを照らし合わせて(Aという条件が成立しているか否か,成立していればBを実行して次の段階に進み,またAが満たされているかを照合する)問題解決を少しずつ進めていきます。
人間と問題解決
このワーキングメモリという概念は,人間が問題解決を行う際にも重要になります。ただし,同じ「ワーキングメモリ」という言葉でも,研究分野によって少しずつ意味することが異なっている点には注意が必要です。人間を対象とした認知心理学においては,ワーキングメモリは,何らかの目的のために一時的に情報を保持し,処理するシステムと考えられています(苧阪,2002)。例えば頭の中で今日の夕飯の献立を考えつつ,必要な材料や手順を思い浮かべるといった場合にワーキングメモリが働きます。大塚(2003)では,ワーキングメモリ容量と問題解決の際の効率の関係を検討しています。この研究では,ワーキングメモリ容量の大きさが問題解決効率に影響することが示唆されています。
人工知能研究を通して人間を知る
上記に人工知能と人間の問題解決を扱った研究をご紹介しました。これ以外にも工学・人工知能の分野で問題解決を取り扱った研究は数多く存在します。しかし,これらの研究では,ルールやゴールのはっきりと定まった,パズルのような問題を解く際のプロセスについて論じているものが多く,最初に例に挙げたような,私たちが日々直面する現実的な問題を人間はどのように解決しているのか,またそれを人工知能に解決させることができるのかどうかについては,未だ分からないことがたくさんあります。これらの問題を解決すること,もっと言えば「知能とは何なのか」という問いの答えに近づくためには,人間を対象とした心理学の研究成果を通して人工知能研究を発展させ,人工知能研究の知見を通して人間を理解していくことが大切となるでしょう。
引用文献
- Newell, A., & Simon, H. A. (1972). Human problem solving (Vol. 104, No. 9). Englewood Cliffs, NJ: Prentice-Hall.
- 大塚一徳 (2003). 問題解決におけるリーディングスパン個人差の影響 心理学研究, 74, 460-465.
- 苧阪満里子 (2002). 脳のメモ帳 ワーキングメモリ 新曜社.