養育者の愛着スタイルに応じた親子のかかわりを促進する育児支援プログラムー失感情症に着目する(養育と愛着プロジェクト)
背景
愛着理論は、社会および情緒発達の理解において最も包括的な枠組みの一つを提供した。ボウルビィ(1969,1973)は、親子関係の質がその後の個性発展の基盤を形成すると仮定し、安全型な愛着関係は健全な適応と対応し、不安全型な愛着はその後の機能障害や潜在的リスクと関連すると指摘した。愛着理論が発展してから半世紀以上が経ち、研究の進展により、親子愛着の質が子どもの幸福感の重要な環境要因の一つであることが示されている。成人期になると、養育者の不安全な愛着は親密な関係の処理において他の愛着スタイルと比較して問題が発生しやすいことがわかった。例えば、回避的な愛着スタイルを持つ親は、子どもの誕生後により大きなストレスを感じ、育児をあまり満足のいくものと感じず、個人的に意義のあるものと認識できない(Rholes, Simpson, & Friedman,2006)。回避的な愛着は、感情的、愛着関連のテーマに関する記憶障害と関連している(Edelstein, 2006)。また、親密な関係において不安全な愛着を持つ者は、パートナーの社会的支援を経験する際に多くの困難に直面する可能性があると指摘した(Jones, & Cassidy,2014)。親子関係に端を発した愛着関係を成人期の重要な対人関係である恋愛関係や配偶関係に拡張したものである。先行文献では、回避型愛着を持っている人は成人期においても親密関係を回避する傾向があり(島,2010)、このことは晩婚化、少子化などの一因となるかもしれない。これは発達心理学領域における大きな課題である。
また、親子関係について、一般的な家庭養育環境に、心理学者は養育者の行動として以下の反応を期待する(Black & Aboud, 2011):
- 養育者は交流を促進する規則、構造、期待、情緒的な環境を整える。
- 子どもは養育者に対して反応し、シグナルを発することができる。
- 養育者は感情的にサポートし、状況に応じ、発達段階に適した方法で迅速に応答する。
- 子どもは予測可能な反応を経験する。
これは、養育者が子どもの情緒を敏感に察知する能力を持ち、タイムリーな反応を通じて、子どもにいつでもアクセス可能な安全基地を提供することを必要とする。これは早期の子どもの愛着発達の基本的な要件でもある。しかし、研究によると、回避型愛着の養育者は子どもが高いストレスイベントに直面した際に、子どものストレスレベルを過小評価し、否定的なかかわり方を取るか、子どもの情緒的反応の要求を無視する傾向があることが示されている。例えば、ストレスのある状況下での養育者の愛着スタイルと子どもの情緒の慰め方に関する研究では、回避型愛着の養育者は子どものストレスに敏感でないことが示されている(Edelstein, Alexander, Shaver, Schaaf, Quas, Lovas, & Goodman, 2004)。この現象についての文献では、4つの可能性を説明した。1、回避型の養育者はしばしば子どもの愛着ニーズを無視または軽視し、「遠距離」でのケアを提供する戦略を取ることが多いと説明されている。2、回避型愛着スタイルの成人は、他者の情緒や脆弱性、痛みの表現に対して不快感を感じることが多い。この不快感を調整する方法の一つは、公然と痛みを表現する人々から距離を置くことかもしれない。3、回避型愛着スタイルの人々は自分自身をあまり有能な養育者と見なしていないため、子育てに対する不安が最も親の能力が必要な時に子どもから距離を置く原因になる可能性がある。4、密接な身体接触を避けることによって不快感を感じる個人は、苦しんでいる子どもを慰めることを避ける可能性があると説明された。回避型愛着の養育者がなぜこのような育児行動を取るのかについては、さらに検討する必要がある。
回避型愛着の養育者がなぜこのような育児方法を取るのかについて、先行文献で関連する情報としては失感情症というものがある。失感情症は1973年に発見された情緒表現の障害であり、感情の欠陥である(Sifneos, 1973)。主に以下の4つの特徴で構成されている:
- 感情や感覚を認識、命名、記述、表現することが難しい。
- 感情や感覚と身体や身体的感覚を区別することが難しい。
- 象徴性の困難、例えば幻想や夢を体験、記述、表現することができない。
- 内部の出来事よりも外部の出来事に明確に焦点を当てる、または内部思考よりも外部思考を好む。
これらの症状と回避型愛着の養育者の表現方法には関連の可能性があるかもしれない。しかし、文献を調べると、この概念には質問紙法で測定できるツールは既に複数ある一方で、愛着と失感情症の関係についての研究は十分ではないことがわかった。例えば、ASD(自閉スペクトラム症)児の養育に関する文献では、ASD児の親には失感情症があることが多いとされているが、失感情症のレベルと親の恋愛関係における愛着スタイルの間には関連性がないことが示された(Temelturk, Yurumez, Uytun, & Oztop, 2021)。一方、オーストラリアの研究では、内感覚認識と失感情症が成人の愛着と情緒調整困難の間の関係を媒介した。したがって、これらの心身の構造は、愛着問題がどのように感情調整の困難に寄与するかを示すプロセスを表している可能性があり、愛着問題を持つ人々の感情調整の困難に対処する際には考慮されるべきであると指摘された(Ferraro & Taylor, 2021)。これらの研究がTemelturkらの研究結果と対立する結論を示している理由は、サンプルの文化的背景の違い、または、研究対象が「成人」と「養育者」で異なるため、失感情症が異なる影響を与える可能性があるのかもしれない。さらに、日本の研究では、大学生の失感情症と育てられた体験の関連性が調査され、失感情症の3つの下位尺度である感情同定困難、感情伝達困難、外的志向が高まると、育てられた体験の父・母ケア因子が低くなり、父・母過干渉因子が高くなる有意な相関関係が認められた(荒木, 中尾, 安田, & 安西, 2020)。また、母親の愛情と失感情症の重要な要素との間に特に密接な関係があることが検討された(Thorberg,Young,Sullivan,& Lyvers,2011)。つまり、回避型愛着の母親が育児の過程で子どもへの反応を欠くことが、次世代に述情障害を引き起こす一つの悪循環を生む可能性があるかもしれない。以上の先行研究を踏まえ、養育と失感情症の関連性を示しているが、研究対象は成人が中心であり、特に養育者という集団には焦点を当てておらず、育児中の失感情症の具体的な影響については触れられていない。
目的
以上の先行研究の探討に基づき、本研究の目的は以下の2つである:
- 育児生活において、養育者の失感情症と愛着スタイルの間に関連性があるかを明らかにする。
- 養育者の愛着スタイルが失感情症を通じて親子の相互作用の質と子どもの社会情緒発達に影響を与えるかを検証する。
参加研究者
- 連傑濤 (OIC総合研究機構・専門研究員)
- 孫怡 (立命館アジア・日本研究機構・准教授)
- ZHANG Mengting (立命館大学人間科学研究科・博士後期課程)
- CHEN Xiaoxue (立命館大学人間科学研究科・博士後期課程)
主な研究資金
2024年度 人間科学研究所 萌芽的プロジェクト研究助成プログラム