ロールシャッハ場面における検査者と被検査者との会話における言語行動分析(言語行動分析プロジェクト)
背景
臨床心理学的実践をめぐる理論・技法は多種多様だが、支援者-クライエント間で交わされることばや、クライエントがセッションの内外で自分に対してかけることばが、援助の媒体として重視されないものはないと言える。しかしことばとその作用について、当事者個々の特性を超えて説明するようなモデルや、直接的な実践上の工夫につながらない原理的な機序は十分探究されてきたとは言い難い。特に心理アセスメントでは、クライエントの発話内容に基づいて事例の見立てが形成されるまでどのようなことばの作用が存在するのか、法則定立的知見はほとんどない。
ことばが、次の発話のように観察可能なことばや、内言などの観察不可能なことばへとどのように作用するのか、包括的・定量的に取り扱うことができる方法論として行動分析学的アプローチがある。行動分析学ではことばを、制御変数によって形成され維持される言語行動として捉えており、支援者もクライエントの言語行動を直接左右する変数としてその系に組み込まれることになる。これまで心理アセスメントにおける支援者の扱いは、なるべく影響や方向づけをせずクライエントから種々の発話を引き出す透明な存在であり、解釈や事例の定式化における付加的要素に過ぎなかった。しかし心理アセスメントの過程を言語行動として分析することで、そこで起こっている実際の相互作用について、より精密に理解できると考える。
本研究では、クライエントの発話を材料とする心理アセスメントの一過程として投映法の心理検査を取り上げる。投映法の心理検査は、発話を材料とするアセスメントの過程のうち比較的構造化されており、話題が限定された、二者間の会話である点で探索的検討に適していると言える。
目的
本研究では投映法の代表的な心理検査であるロールシャッハ・テストを用い、被検査者の言語行動を制御する変数を同定することを目的とする。ロールシャッハ・テストは、あいまいな視覚刺激である10枚のインクブロット(インクのしみ)を見せ、何に見えるかを問う検査である。
ロールシャッハ・テストにおいて被検査者の発話は、知覚経験の内容や刺激を意味づけ、推論する過程をおおよそ正確に推測できる材料として用いられてきた。検査者は被検査者にいかなる予断も与えぬよう、解釈の基となる情報の要件について何も伝えず、すべて「自由にしてください」としか伝えない。しかし実際には、ひとつの反応で済まそうとされることや、解釈が一意に決定できない言い回しなど、各段階で検査として避けるべき事態があり、その中で必要十分な情報を引き出すための質問技術が要求される。したがって検査場面には不可避的に、検査者に追及されなくなるような言語行動へと被検査者を条件づけるような構造が内包されてしまう。
これまでの投映法研究では、経験年数や方法論を超えてこのようなプロセスを定量的に捉える試みはなされてこなかった。行動分析学的アプローチではこれを、検査者の言語行動を介して、被検査者が自らの言語行動を変容させ問題解決するプロセスとして捉えることができ、検査者の反応が及ぼす影響の動的側面を解明することができる。
参加研究者
- 古野公紀 (総合心理学部・特任助教)
- 鈴木千晴 (総合心理学部・特任助教)
- 香月みかん (立命館大学大学院人間科学研究科・博士後期課程)
- 秦寛志 (立命館大学大学院人間科学研究科・博士後期課程)
主な研究資金
2024年度 人間科学研究所 萌芽的プロジェクト研究助成プログラム