刑事裁判における科学的証拠に関するバイアス評定尺度の日本における応用可能性
昨今の科学技術の発展によって,刑事裁判でも化学鑑定,法医学鑑定,画像鑑定など新たな科学的証拠が用いられるようになっている。一方で,新たな技術であるがゆえにその実証性が疑問視されるなど,科学的証拠には「科学性」について争いがある場合もある。科学的証拠は刑事裁判で重要とされる証拠のひとつであるため,科学的証拠に関する評価は,有罪か否かの判断において大きな影響を与えうる。米国のイノセンス・プロジェクト(Innocence Project;以下IP,冤罪を訴える人を救済するNPO法人)の調査によると,米国で再審無罪となった事件のうち,約24%に科学的証拠に関する鑑定に問題があったという。さらにIPが支援したDNA型鑑定による360件の再審無罪事件を調査したところ,信頼性・妥当性の低い理論,方法が用いられていたことを指摘している。そして日本でも科学的証拠を過剰評価したために発生した冤罪事件がある(足利事件におけるDNA型鑑定など)。科学的証拠に対する誤った評価が冤罪を引き起こすことのないよう,科学的証拠への適切な判断が必要である。
米国など国外の先行研究よると,刑事裁判で提示される証拠の証明力が弱い場合,陪審員が審理前にもっているバイアスがその判断に大きな影響を及ぼすことが明らかになっている(Sue,Smith & Caldwell,1973;Reskin & Visher,1986)。「弱い」証拠しかない事件においては上述の通り,証拠に対する誤った評価によって冤罪が発生する可能性が高いということになる。刑事裁判における判断者が予め持っているバイアスと,その意思決定に関する検討は,法心理学において重要なテーマであるといえる。
陪審員のバイアスを評定する尺度については,米国や英国など国外で多くの研究が行われている。Kassin & Wrightsman(1983)は,Juror Bias Scale(以下,JBA)を開発し,この尺度は国外の陪審研究で広く用いられている。JBAは,公判前の陪審員が,どの程度被告人が犯人であると考えているか,有罪判決や刑罰についてどのような価値観をもっているかを評定する尺度である。さらに昨今Smith & Bull(2012)が開発した科学的証拠に対するバイアスを測定する“Forensic Evidence Evaluation Bias Scale” (以下,FEEBS)は国外の陪審研究において用いられている。一方,日本において裁判員のもつバイアスに関する研究は数多く行われているものの,そのバイアスを評定する尺度については未だ検討されていない。
そこで本研究では,英国で開発されたFEEBSが日本の裁判員裁判研究においても応用可能かどうかを検討し,科学的証拠を適切に評価・判断するための素地をつくることを目指す。
参加研究者
- 若林 宏輔(総合心理学部・准教授)
- 山田早紀(衣笠総合研究機構・プロジェクト研究員)
- 山崎優子(衣笠総合研究機構・プロジェクト研究員)
主な研究資金
2021年度 人間科学研究所 萌芽的プロジェクト研究助成プログラム