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車いす利用者のアクセス保障研究会(アクセス研)公共交通機関の移動・アクセスをめぐる権利

筆者: 川端美季(衣笠総合研究機構専門研究員) 執筆: 2017年10月

現代日本は移動しやすい社会か?

 誰もがいつでもどこにでも自由に行ける。現代日本社会では一見当たり前のことのように思える。しかし、それは限られた人だけのことだ。
 2017年6月、車いす利用者がLCC・バニラエアのタラップを自力で上がったというニュースが流れた。当事者である利用者は、バニラエアが「事前に申し入れていなかった」ことを理由にした搭乗拒否に対する抗議として行ったと述べている。これは公共機関の移動をめぐる権利の問題である。本件については、SNSを中心に、「利用者は事前に伝えるべきだった」、「飛行機に乗るまでのタラップなどは健常者中心の視点で作られたもの」、「事前に航空会社に連絡したら断わられていたというのが前提」など賛否両論の議論が巻き起こった。

移動・アクセスをめぐる権利

 本プロジェクトは、公共交通機関における車いす、特にハンドル型電動車いす利用者の移動に焦点をあて、車いす利用者(電動車いす、ハンドル型車いすを含む)のアクセシビリティの実態や制度、歴史について検討するものである。
 移動の自由、行きたい場所へのアクセスへの自由は誰もが差別されることなく、保障されるべきものである。アクセシビリティの確保が車いす利用者である障害者や高齢者の自立生活を促し社会参加を可能にする。そして、何より、アクセシビリティに関する権利は当事者の実存に大きく関わっている。

現状の背景にあるもの

 車いす利用者のアクセシビリティ保障の実態は、諸外国によって異なっている。その背景には、車いすを利用する障害当事者たちの運動があった。日本では、移動権の獲得を求め、脳性麻痺の障害当事者から構成される「青い芝の会」などが1970年代を中心に激しい運動を繰り広げてきた(横塚,2007)。また、韓国でも1980年代、とりわけソウルパラリンピックの時などに障害者たちにより移動権の確保について苛烈な運動がなされてきた(鄭,2011;鄭,2012)。制度を見る際には、こうした運動や社会背景に目を配らなければ、車いす利用者のアクセシビリティの実情は理解できない。
 2017年3月、私は本プロジェクトの代表者の大谷いづみさんとともに韓国を訪れた。到着した金浦空港からソウル市内の滞在地の最寄り駅に向かうまでは、階段に昇降機などもあり、別のルートではスロープも利用できる。目的地までのルートが確保されているということはアクセス上の絶対条件である。金浦空港から地下鉄の駅までは、車いす利用者のルート確保されていたものの、スロープなどはやや暗く、必ずしも使い勝手の良い道とはいえない。しかしながら、韓国では、空港からソウル市内に向かう地下鉄だけでなく、ほとんどの地下鉄のホームで乗り降りする際の電車との段差や溝がほとんどなく、タラップを必要としないため、車いす利用者にとってはかなり使いやすく整備されていた。特に電動車いすやハンドル型車いすの場合は、駅員等誰を呼ぶこともなくスムーズに利用しやすい(それでも困った様子に気づくとすぐに近くの人が声をかけてくれる)。またほとんどの駅にエレベーターが設置されており(場所がわかりにくいところもあるのだが)、アクセスの保障への配慮が一定程度なされているように見受けられた。
 本プロジェクトは引き続き韓国障害者運動諸団体をたずね、韓国における障害者移動支援制度の現状および展望、福祉政策と障害者運動の相互作用等についての調査を継続する。諸外国の実情も確認し、その上でもう一度日本の車いす利用者の公共交通機関へのアクセスをめぐる現状をとらえなおしたい。こうした比較検討や考察を通じて、現代日本の公共交通期間のアクセスの権利についての見直しを促し、日本のインクルーシブ社会の実現に向けて課題を提示したい。

引用文献

  • 横塚晃一(2007).母よ!殺すな.生活書院
  • 鄭喜慶(2011).韓国における障害者運動の原点―韓国小児麻痺教会の活動と「障害問題研究会ウリント」の結成と勢力拡大までに―.Core Ethics,7,177-186.
  • 鄭喜慶(2012).変革的な「部分運動」としての韓国障害者運動―パラリンピック反対運動と2つの法案制定闘争を中心に(1988年〜1989年)―.障害学研究,8,132-157.

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