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修復的司法観による少子高齢化社会に寄り添う法・社会システムの再構築虚偽自白と冤罪

筆者: 山田早紀(立命館グローバル・イノベーション研究機構 研究員) 執筆: 2016年9月

虚偽自白とは? 

 テレビの刑事ドラマなどの「取調室」で捜査官と被疑者(犯罪行為をしたと疑われている人)の問答によくある,つぎのような場面を想像してみてください。
     捜査官「お前がやったんだろう」
     被疑者「やってません」
     捜査官「お前がやったんだろう」「早く自白して楽になれ」
     被疑者「・・・やりました」
 これは,被疑者が初めは認めていなかった罪について,捜査官の追及を受け,自白するという場面です。もし被疑者がじっさいに自分の犯した行為について追及されている真犯人である場合,最初の「やってません」という供述は嘘です。一方,被疑者がまったく身に覚えのない罪について尋問されている無実の人である場合,「やってません」というのは真の供述です。前者の真犯人の供述は自分の罪を逃れるためについた嘘であることは想像しやすいですし,後者の無実の人の供述も本当の体験を話しているのですから当然の反応であると理解できます。しかしつぎの被疑者の「・・・やりました」はどうでしょうか。真犯人であれば当然,やったことを認めたのですから真の供述です。一方,無実の人であれば,やってもいないことについて認めているという嘘の供述です。前者は,捜査官の追及に耐えかねて自白をしたということで供述の理由が想像しやすいと思います。一方,後者の嘘は,自分の利益には全くならないようなことをわざわざ話しているように見えます。このように自分の犯していない罪について自白することを「虚偽自白」といいます。なぜ,無実の人が虚偽自白をするのでしょうか。

虚偽自白に陥る心理

 日本では一度,逮捕拘留されると最大23日間,身柄を拘束され,捜査機関の追及を受けます。この長期間の身柄拘束で,被疑者は日常生活から遮断され,生活の大半を捜査官からの取調べに費やすこととなります。この間,無実の人であれば自分が罪を犯していないことが分かっているのですから「話せば誤解は解ける」という確信があります。しかし,捜査官が目の前にいる被疑者を「こいつが犯人だ」という確信を持つと,取調べは「やりました」と言うまで続きます。「やったんだろう」「やってません」という問答を繰り返すにつれ,いつまで続くか分からないこの状況に被疑者は次第に無力感にさいなまれ,そして「やりました」と言わざるを得ない状況に追い込まれます。そして一度「やりました」と言ってもそれだけでは終わりません。今度は詳細な「犯行ストーリー」を語ることを求められます。とはいえ自分が体験していないことですから最初は話せません。大体の想像で語り,捜査官との対話をヒントにして修正し,おおよそ「本当らしい」ストーリーを作り上げていくことになります。そのため,この虚偽自白は証拠に沿ったおよそ「本当らしい」ものになります(参考:浜田寿美男『自白の心理学』岩波書店,2001年)。さらに捜査官から得たヒントを基にしているとはいえ,被疑者は自分で考えてストーリーを作り出していることから,表面上,自分から進んで「本当らしい」ストーリーを供述しているように見えるのです。

虚偽自白が見抜けなかった例

 1995年大阪市東住吉区で起こった小学生の女の子が亡くなった火災(いわゆる東住吉事件)について,女の子の母親とその元内縁の夫には殺人などの罪で無期懲役の判決が下されました。しかし2016年8月10日,2人には再審無罪の判決が言渡され,無罪が確定しました。この事件の捜査の中で2人は「女の子に保険金をかけて焼死させた」という自白をしています。しかし,再審無罪の判決では2人の自白を証拠から排除する判断をしました。虚偽自白という誤った証拠を元に,判断を行ってしまったこともこうした冤罪被害を生んだ要因の一部であるといえます。またこの事件に限らず,再審無罪が確定したほかの多くの事件でも自白調書がとられているのです。虚偽自白を見抜くことは冤罪被害を防ぐことにもつながることから,虚偽自白のさらなる研究が必要になっています。
(また,この事件のように一度無実の罪で有罪判決を受けるとそれを晴らすためには,長い時間を要するということも大きな問題です)

えん罪救済センタープロジェクト

 こうした冤罪事件の被害者を救済するための新しい団体として2016年4月に本学の研究者が中心となって「えん罪救済センター Innocence Project Japan」(以下IPJ)が設立されました。IPJは,アメリカの「Innocence Project」の活動を参考にしています。IPJでは刑事事件において無実の罪(あるいは犯罪ではない行為)で起訴された冤罪被害者を救済するとともに,冤罪を防ぐための学術的方略の解明と政策の提言を目指しています。本学「えん罪救済センタープロジェクト」は,こうしたIPJの取組みをとくに➀法情報学,➁法心理学,➂法科学という視点から支援するための研究を行っています。たとえば今回,紹介した虚偽自白の問題についていうと,供述心理学の見地から自白の虚偽性に関する分析の開発や,取調べの録音録画記録に関する裁判員や裁判官の判断過程の実験検証などです。今後,一人でも多くの冤罪被害を救済するために,より多角的な学術的サポートが必要になるでしょう。

関連するプロジェクト

  • 立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)「修復的司法観による少子高齢化社会に寄り添う法・社会システムの再構築」

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