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インクルーシブ社会に向けた支援の<学=実>連環型研究自閉症を持つ子どもの親のストレス―米国の場合

筆者: ポーター倫子 (人間科学研究所客員研究員) 執筆: 2015年11月

はじめに

写真左より著者、徳島医大よりテキサス州立医大へ夏季研修生として派遣された森本佳奈さん、テキサス州立医大のキャサリン・ラブランド教授  自閉症を持つ子どもの親のストレスについては、これまで日本や米国などの先進諸国で多くの研究が行われ、別の障害を持つ子の親や健常児を持つ子の親に比べてはるかに高いと言われている。自閉症児を持つ母親の3分の2以上が、介入が必要なレベルの非常に高いストレスを抱えていることが報告されている(Tomanik et al., 2004)。
 筆者は、19歳になったばかりの自閉症児(者)もつ母親である。国際結婚し、出産と子育てを日米にまたがって行ってきたという経験をもとに、子育ての日米比較をテーマに研究を行ってきた。その中で、文化心理学的な観点に基づいて発達障害児あるいはその家族について行われた異文化比較研究はまだ少数であるということから、二年前よりテキサス州立医大ヒューストン校の自閉症クリニックに客員研究員として所属し、自閉症研究と臨床で世界的に有名なキャサリン・ラブランド博士のもとで、自閉症児をもつ母親のストレス異文化研究を共同で行っている。現在、米国社会科学研究評議会安倍フェローとして来日し、立命館大学人間科学研究所を拠点として日本の母親のデータを収集している最中である。ここでは、意外と日本では知られていない米国の親のストレスの原因について、経済的要因と社会的スティグマを取り上げて述べてみたい。

経済的要因

 最近発表された研究報告によると、自閉症をもつ個人のために要する費用を生涯で合算すると米国では240万ドル(低機能自閉症)から140万ドル(高機能自閉症)近くかかるそうである (Buescher et al., 2014)。これは、医療や教育費、施設入所やそのようなサポート費用だけでなく、自閉症児の世話のために保護者が職業面で犠牲を払う費用(たとえば子どもの世話をするために離職する)も含まれているそうである。
 そもそも米国の医療費は、日本から考えると桁外れに高額であり、また医療保険制度も大変複雑である。勤務する職場によって、保険の金額や内容に相当開きがあり、さらに毎年そのポリシーが変わることもあるため、注意が必要である。たとえば面接したある母親の話では、これまで言語療法の費用は、医療保険でほぼカバーされていたが、ある年から突然に加入していた保険で適用されなくなったらしく、それを知らなかったため莫大な金額が請求されたということであった。また自閉症療法で最もよく知られる応用行動療法についても、保険が適用されるかどうかは州ごと、また子どもの年齢によっても異なる(Autism Speaks, 2015)。たとえば広汎性発達障害と診断された3歳児をもつある母親は、週に20時間参加させている応用行動療法を行うために、月2000ドル程の実費を支払っていると話してくれた。これは、加入している保険でこの療法にかかる費用が支払われないためである。
 このような経済面の負担は、アメリカの家庭の中では深刻な問題である。財政上の困難が積み重なると、「お金がないので、昼食か夕食を食べないことも多い」「退職金を前借した」「破産宣告した」などという声も当事者の家族からは聞かれている(Sharp & Baker, 2007)。特に自閉症児をかかえる母親の就労の難しさについてはしばしば研究で取り上げられており、アメリカの調査では、年間所得において自閉症児の母親は他の健康上の問題をもつ子どもを抱える母親に比べ、収入が35% ($7,189) 少なく、健常児の母親に比べると56% ($14, 755) 少ないことが報告されている(Cidav et al., 2012)。

社会的スティグマ

 一般に、アメリカは障害者に対してオープンで理解があると思われているようだが、必ずしもそうではない。特に、自閉症の当事者やその家族はスティグマを感じやすいことが報告されてきた(Hinshaw & Cicchetti, 2001)。米国の自閉症研究ネットワークで知られるInteractive Autism Network (IAN)による継続中のインフォーマルな調査によると、「自閉症であるがために、スティグマを感じたことがあるか」という質問に対し、90%近くの人が、「頻繁にそうである」又は「時々そうである」と答えている(https://iancommunity.org/node/13746/results)。スティグマとは、他者や社会集団によって個人に押し付けられたマイナスの烙印の意味であり、恥辱あるいは、偏見や差別という言葉でも説明されている。これは、他の障害とは異なり、自閉症児は外見上は健常児とほとんど変わらないという障害の「不可視性」も影響している言われている(Sousa, 2011)。また自閉症には様々な特徴があることから、自閉症について知識がなかったり正しく認識していない人たちにその行動を理解されなかったり、ステレオタイプ化されたイメージで見られることもある。親においては、自閉症児の問題行動を育て方のせいにされることも少なくない。
 数年前、アメリカの自閉症の親のネットワークのSNSで次のようなYouTubeビデオが出回ったことがある。これはアメリカの3大テレビネットワークABCのドッキリカメラ番組、What would you do(あなたならどうする)シリーズで取り上げられた自閉症児とその家族の外食場面をテーマにしたものである。ちなみにアメリカ最大の自閉症啓蒙団体のAutism Speaksのウェブサイトでも、このビデオの録画が紹介されている。 (https://www.youtube.com/watch?v=gsfnZVaAT5Q)
 自閉症をもつ14歳の少年が、家族と一緒にレストランに出かけるという場面で、自閉症者によくみられるこだわりや多動などの行動を示すことで、お客さんの一人を怒らせてしまうという設定である。この自閉症の少年と家族、その行動を非難するお客さんもみな役者の演技である。結果的には、同じレストランで食事をしていたお客さんの多くが、この14歳の自閉症をもつ少年とその家族に同情を示し、むしろそれを批判したお客さんの方を非難するという展開になったが、これは自閉症についての理解がアメリカでも広まってきたという現れとも考えられる。しかしこういう番組が製作されること自体、自閉症の当事者と家族は社会的スティグマを経験する場合があるということの裏返しでもある。日本で同じようなドッキリカメラ番組が製作されたとしたら、どのような反応がみられるのだろうか。

おわりに

 今年の春、ヒューストンのテレビ局より、私たちの研究チームへの取材依頼があった。自閉症児の家族は、戦闘兵と同じ程の高いストレスを抱えるという記事 (Diament, 2009)を知ったテレビ局が、自閉症者の家族のストレスについて専門家の意見を聞きたいという意向だった。そのニュースがインターネット記事になると、当事者の方々より自閉症者や家族の経験についてのネガティブな記事を危惧する声がコメント欄に数件寄せられた。
 自閉症児を持つ母親の多くが、介入が必要な非常に高いストレスを抱えていると言いながらも、確かに、当事者の方々にとっては、非常にセンシティブな研究である。自閉症の当事者と家族の中に様々な見解や経験が存在し、それらはその人たちが存在する共同体の仕組みや規範、価値観に強く影響されている。そういった意味でも、文化に着目した研究を行うことで、私たちが自明としていた事柄が明らかになり、そのことが、本当に当事者たちが必要とする支援を解明していく一歩につながるのではないかと願っている。

文献

  • Autism Speaks (2015). State initiatives. Retrieved from https://www.autismspeaks.org/state-initiatives-Buescher, A. V. S., Cidav, Z., Knapp, M., & Mandell, D. S. (2014). Costs of autism spectrum disorders in the United Kingdom and the United States. JAMA Pediatrics, 168(8):721-8. doi:10.1001/jamapediatrics.
  • Cidav, Z., Marcus, S. C., & Mandel, D.S. (2012). Implications of childhood autism for parental employment and earnings Pediatrics, 129(4), 617-623.
  • Diament, M. (2009). Autism moms have stress similar to combat soldiers. Disability Scoop. Retrieved from http://www.disabilityscoop.com/2009/11/10/autism-moms-stress/6121/-Hinshaw, S. P., & Cicchetti, D. (2000). Stigma and mental disorder: Conceptions of illness, public attitudes, personal disclosure, and social policy. Development and Psychopathology, 12(4), 555-598. doi:10.1017/S0954579400004028
  • Sousa, A. C. (2011). From Refrigerator Mothers to Warrior-Heroes: The cultural identity transformation of mothers raising children with intellectual disabilities, Symbolic Interaction, 34(2), 220–243. doi:10.1525/si.2011.34.2.220.
  • Suzumura, S. (2012). Parenting stress in mothers of preschoolers with Pervasive Developmental Disorders: Impact of children’s cognitive level on maternal distress. Clinical Psychiatry, 54 (11), 1135-1143.
  • Tomanik, S., Harris, G. E., & Hawkins, J. (2004). The relationship between behaviours exhibited by children with autism and maternal stress. Journal of Intellectual and Developmental Disability, 29(1), 16–26. doi:10.1080/13668250410001662892

関連するプロジェクト

  • 全所的プロジェクト:インクルーシブ社会に向けた支援の<学=実>連環型研究テーマ③ 社会的包摂に向けた伴走的支援の研究療育プログラム開発プロジェクト

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