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「インクルーシブ社会に向けた支援の<学=実>連環型研究」プロジェクト人と人・社会をつなぐ支援のありかた

筆者: 福田茉莉(衣笠総合研究機構・専門研究員) 執筆: 2014年2月

私たちの健康と「患者」像

 わたしたちが「健康」を想像するとき,それは心身ともに健康で元気な状態を想像します。私たちが日常的にサプリメントを服用したり,健康によいと考えられる生活を志ざしたりするのは,健康を維持するあるいは病気を予防するためでもあります。日常生活を平穏に過ごしたい,病気をせずに健康でありたい,という欲求は人間の根源的な欲求と言えなくありません。もちろん,健康を維持することは生活を営む上で大切なことのひとつではあります。しかし,過度の健康志向や医療化は,病気を抱えることを「悪いこと/不幸なこと」と決めつける風潮をうみだしたり、病気や障害を抱えながら生きる人の人権を,無意識のうちに傷つけたりする恐れがあります。

病いとともにあるライフ:「生を厚く記述する」ものとしての心理学

 筆者は,これまで難病患者を対象としたクオリティ・オブ・ライフ(Quality of Life:生活の質)に関する研究に従事してきました。「難病患者」といっても,症状や病態には個人差があります。また個人が抱える問題も様々です。病気に対する不安を抱えている人もいれば,金銭的問題を抱えている人もいます。また病気に関する認知度が低いために,社会参加がうまくできない人もいます。
 ひとえに「難病患者」が抱える問題ということもできますが,本プロジェクトでは,既存の健康神話や患者像にとらわれることなく,「病いとともにあるライフ(Life with illness)」の視点から,当事者の「ライフ」に迫りたいと考えています。そのひとつが,個人の生活の質評価法(SEIQOL)を用いたQOL評価法の実践であり,患者報告型アウトカム(Patient Reported Outcome :PRO)の理論的検討です。
 SEIQOLは,当事者自身にQOLとして重要な領域を挙げてもらい,それに従って評価するという方法であり,項目自己生成型のQOL評価法と言われています。当事者の経験の語りに基づくQOL評価は,「いま-ここ」で生じる患者のライフを明らかにし,また病態の変容にともなうライフの変容をダイナミックに捉えることができます。さらに,病者のライフの語りに傾聴することは,QOL向上を目指す臨床場面や介護場面において,当事者-医療・介護スタッフ間のコミュニケーション・ツールとしての役割を持つと同時に,患者のニーズを把握し,適切な介入を促進するための指針のひとつにもなりえます(福田,2012)。

  • QOL評価法の新しい実践―日本語版SEIQOL-DW
    http://seiqol.jp/

孤立状態を支援する情報

 これまで,人と人をつなぐ支援について述べましたが,今度は人と社会をつなぐ支援について,ご紹介したいと思います。
 現代社会は,「情報の洪水」と呼ばれるほど情報過多の時代であり,個人が情報を取捨選択して,よい情報,質の高い情報を得ることが要請される時代となりました。東日本大震災以降は,個人情報を保護しながらも,災害時支援や社会的支援を可能にする情報ネットワークの構築が重要課題となっています。かくいう筆者も,大震災発生時に乗車していた新幹線が高架上で動かなくなってしまい,10時間以上を新幹線の中で過ごした一人であります。「何が起こったのかわからない」,「電話がつながらない」,「知り合いもいない」中で筆者の不安を助けてくれたのが,twitterとラジオでした。車内に流れたラジオで震災のことを知り,twitterのタイムラインで避難所の情報を知ることができました。この体験談は,必要な時に必要な情報が手に入ること,それ自体が支援となる可能性を示すよい事例ではないでしょうか。

情報の有機的連関による社会的支援の可能性:コミュニケーション・ツールとしてのアーカイブ

 アーカイブといえば,「保存書庫」と訳されるとおりであり,貴重な文化財や美術品の保存と公開を主とするデジタル・アーカイブが有名です。しかし,本プロジェクトでは,当事者の経験の語りを蓄積し,公開・伝達するという意味での「ナラティヴ・アーカイブ」に注目した研究を実施しています。オープン・システムの視点から,個人と社会,情報(アーカイブ)をとらえ直し,アーカイブを媒介として,個人と社会をつなげるような,情報の有機的連関およびコミュニケーションがもたらす社会的支援の可能性を提案しています。
 とりわけ,本プロジェクトでは掲示板や患者レジストリ等の「ウェブ・アーカイブ」とナラティヴ・データを可視化する「デジタル・アーカイブ」を用いて,以下の3つの視点に着目した研究を実施しています。
 一つめは,何らかの不安や悩みを抱える個人が,不定あるいは孤立した状況におかれた際に,情報(アーカイブ)が個人の不安や悩みを解決に導く複数の視点を提供し,社会と向き合う,社会とつながる行為を促進する可能性です。二つめは,社会的に孤立する個人が,情報(アーカイブ)にアクセスし,個人の情報を公開することで社会とつながる可能性です。三つめは,膨大な言語資料をアーカイブ上で整理し,関係者にフィードバックすることでコミュニケーションが促進される可能性です。関係者のコミュニケーションが変容するだけでなく,その媒介となるアーカイブそれ自体の変容も考えられます。
 本プロジェクトはまだ始まったばかりですが,社会的孤立状態にある人や何らかの生きづらさを感じる個人と他者や社会とのつながりを支える支援のひとつとしての,ナラティヴ・アーカイブの可能性を考えています。 

引用文献

福田茉莉(2012)クオリティ・オブ・ライフとはなにか? サトウタツヤ・若林宏輔・木戸彩恵(編)「社会と向き合う心理学」新曜社.

関連するプロジェクト

  • テーマ① 対人支援における<学=実>連環型(トランスレーショナル)研究の方法論情報の有機的連関による社会的支援の可能性:コミュニケーション・ツールとしてのアーカイブ医療福祉における利用者エンパワメント研究会

刊行物

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