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心理主義化と感情労働の変遷心を通した動員・心をめがけた統治

筆者: 崎山治男(産業社会学部・准教授) 執筆: 2012年12月

心理主義化という問い

 近年、「〇〇力」という名の下に、労働場面や私的場面で私たちは忙しく、それでいて楽しくさまざまな「労働」に駆り立てられています。「生きる力」、「恋愛力」、「就活力」、「婚活力」等々。
 そしてそれらのコトバの背後には、「正しい」心理、礼儀と洞察を持とうと啓発する学問的な言説があふれかえっています。それはかならずしも、いわゆるポップ心理学のみならず、社会的背景を踏まえた「作法書」といった形でも現れています。しかし、それは正しいのでしょうか。
 このように、「正しい」心を持て!、あるいは「礼儀」を守れ!といったコトバが氾濫する陰には、必ずそうした態度を保てない人々を「自己責任」の名の下に排除する仕掛けがあります。それは、社会問題の個人化・心理主義化という形を取りつつ、自らの感情や態度のありようにのみ関心を集中させることで問題を矮小化しつつ、個々人が「正しい心」を持つよう、心理学的な知によって統制されることにつながることが、感情社会学や現代権力論で語られています。

自己実現という病 

 その具体的な現れの一つとして、また自発的同調の現れとして、感情労働を人々が欲し、その魅力を高めようとする心性があります。たとえば、看護、介護労働者が、「感情労働」を自発的に求めたり、労働市場で「人と接する仕事」が魅力として語られ、そのために人間力を高めようとしてしまったりします。
 またそれは必ずしも労働といったいわゆる公的場面だけには限りません。例えば友人関係や職場関係においても「KY」といったコトバが強調されるように、周囲の雰囲気や心理を読んだ振る舞いが求められ、またそれは恋愛・婚活といった場面でも「思いやりのある人」といった形で強く求められています。

「心」へと煽られる社会:個人化する社会問題

 本研究では、こうした「心」への煽りが、具体的にどのように日本に浸透してきたのかを通史的に見ます。その上で、心理主義の進展を、ネオ・リベラリズム体制への移行により、対人関係能力が強く求められていく社会構造の形成と、自らの「心」を、心理テストに見られるように、数値化・具体化して管理する権力のテクノロジーの進展として理論的に捉えます。
 その上で、「心」の労働・人間関係へと人々が煽られていくありさまを、具体的な事例を取り上げつつ論証することを目指す。そのため、ビジネス書や女性誌、恋愛マニュアルなど、様々なメディア媒体における「心」をめぐる言説の変遷を追いながら、「心」をコントロールすることが強調される際の方向や、自己や他者の「心」を対人スキルとして競わせるテクノロジーの普及の方向性を見極め、「心」の労働・対人関係へと評価がシフトしている現代の労働・生のあり方を実証的に明らかにします。

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