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韓国・「福祉国家」への道のり

筆者: 秋葉武 執筆: 2010年

 ここ数年、すっかり韓国にはまってしまった筆者。こんなに興味を持った理由の大きな一つはその「スピード感」にある。それは経済分野、サムスン等の韓国企業の「躍進」や政府の大胆な経済政策に反映されているが、筆者がさらに興味を持ったのは、社会分野。つまり、同国の福祉・社会政策や市民団体の取り組みが日本の3倍のスピードで展開されてきたからだ。
 韓国は1997年の「アジア通貨危機」で国家が破綻寸前まで追い込まれてIMFの管理下に置かれ、苛烈な「新自由主義政策」を採用した。ところが、「新自由主義、IMF体制は反福祉」という〝国際社会の常識〟に反して、リベラルな金大中政権(1998〜2003)、それに続いた盧武鉉政権(2003〜2008)は、市民団体と連携をしながら、同国を「福祉国家」にテイクオフ(離陸)させたのである。
 韓国は10数年前、最低限のセーフティネットも充分に整備されていなかった。しかし、金大中政権以降急速に福祉国家を目指し、2008年には「高齢社会」(高齢化率14〜20%)に突入する以前の段階で、介護保険制度(韓国では「老人長期療養保険」)をスタートさせた。
 しかし、そのスピードには危うさも孕んでいる。現・李明博政権(2008-2013)は、制度施行による効果を強調する。施行によって介護保険施設(長期療養機関)が急増し、ヘルパーや職員をはじめとした新規雇用創出効果や数兆ウォンにのぼる生産誘発効果、付加価値誘発効果があるとし、「正の側面」を前面に押し出す。
 他方、様々な市民団体、労働組合といった「市民社会」によって制度の運営をめぐる「負の側面」も明らかになりつつある。韓国の市民社会の最大の問題意識は、介護労働者の低賃金、ハラスメントの横行といった劣悪な労働条件であり、それは自らを「国家公認家政婦」(チョン・グムジャ)となぞらえることに象徴されている。
 日本と比べて、韓国の国民、行政そして市民社会は、高齢者福祉の経験の蓄積が圧倒的に少ない。日本の介護保険制度はある程度時間をかけて準備され、各地域で自発的にNPOや生協の組合員グループ等が民間非営利の在宅福祉サービスを展開してきた。こうした経験を持たない同国では、市民社会が制度と実態の「乖離」を埋めるべく粘り強い努力をしている。しかし、韓国固有の「反福祉国家イデオロギー」(秋葉武)は根強く、現政権の政策にもそれが反映されている。
 筆者としては、福祉国家としてようやく離陸した韓国が「墜落」しないよう、日韓の市民社会の連携によるセーフティネットの拡充を願っている。おっと、日本の「中空飛行」もだいぶ危うくなってきており、そのためにも国境を越えた市民社会の連携は大事なのだ。


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