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修復的司法観による少子高齢化社会に寄り添う法・社会システムの再構築刑務所の中の生活を考えることの意味

筆者: 大谷彬矩(立命館グローバル・イノベーション研究機構 専門研究員) 執筆: 2020年01月

はじめに

「刑務所に入りたかった」「刑務所に戻りたかった」
 犯罪を犯した人や、刑務所を出所したあと再び犯罪を行った元受刑者が、その理由としてこう述べることがあるそうです。このことから、刑務所の中の生活は、それなりに恵まれているのだろうと思ったり、恵まれているなんて不公平だと考えたりする人もいるかもしれません。しかし、刑務所での生活は、塀の外の生活と比べて、本当に恵まれていると言えるのでしょうか。また、刑務所の中の生活を考えることにはどのような意味があるのでしょうか。

刑務所の中の生活水準を決定づける指針

 日本の刑事施設の管理運営や被収容者の権利義務関係について定める法律として、「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」(以下、刑事施設処遇法)があります。その逐条解説書では、物品の貸与等の基準について定めた条文において、次のような記述があります。
「被収容者の生活水準が国民生活の最低水準を超えていると、刑事施設に収容されることを目的として犯罪が犯されるおそれもある。そのため、前者は後者を超えてはならないという考え(「行刑の劣等原則」という)もある」(林ほか, 2017, 156頁)
 逐条解説書の記述を見る限り、行刑の劣等原則は刑務所の中の生活を決定づける指針であるように見受けられます。しかし、劣等原則は指針として適切なのでしょうか。このことを考えるために、法律との関係について検討する必要があります。

劣等原則の問題

 自由刑は、刑事施設において身体を拘束することで移動の自由を奪う刑罰のことを言います。自由刑には、懲役・禁錮・拘留の3種類があります。このうち懲役の内容について、刑法12条2項は、刑事施設への「拘置」と「所定の作業」を行わせることを定めています。すなわち、刑法からは、懲役の内容として、少なくとも刑務所の中に留め置かれ、作業を義務として課すことを予定していることが分かります(ただし、「所定の作業」を自由刑の内容とすることには批判もあります)。また、刑法という大枠においてそれらが定められているということにも留意する必要があります。つまり、刑法の規定を見る限り、刑務所の生活を物質的欠乏状態に置くことを当然に予定してはいないということです。劣等原則は刑法という枠組みの中でも想定されていない状態を招きかねないという問題があります。
 その問題性は、刑法の規定を受けて、刑の執行について定める刑事施設処遇法において、さらに明確になります。刑事施設処遇法は、受刑者処遇の目的として、受刑者の改善更生と社会復帰を図ることを掲げています。社会復帰のために受刑者に保障されるべき内容について、社会復帰権を提唱する見解においては、刑務所における問題状況を前提として、①自由刑の弊害除去、②人間として固有の自己発達権を可能にする機会の保障、が主張されています(土井, 1984, 92頁)。このことを考えますと、国家の直接的監視下にある刑務所では、一般国民と同等の生活水準では不十分な場合がありうることになります。ましてや劣等原則に基づき、国民生活の最低水準を超えない範囲に基準が設定されるならば、刑事施設処遇法が設定する社会復帰目的と明らかな矛盾を来すことになるでしょう。

新たな指針の構築に向けて

 上記の問題は、自由刑の中身があいまいなままになっていることに端を発しています。実務家や研究者の間でも、刑務所の中の生活水準をどこに設定するべきか、見解は一致していません。しかし、社会復帰目的に適うか否かという文脈を離れたとしても、当然として満たすべき生活水準があることは確かです。そしてそれは、刑務所システムがしばしば引き起こす危険のある、非人道的扱いや、人として敬意を欠いたものになってはいけません。劣等原則には、その恐れが多分にあり、適切な指針にはなりえません。
 刑務所の生活水準は、一般社会と同じ生活水準を目指すべきと私は考えます。しかし、この場合、一般社会と同じ生活水準とはどのようなものなのか、さらなる検討が必要です。また、施設内生活全般について、あるべき生活水準を考えることは容易ではありません。刑務所生活における一つ一つの論点について、あるべき水準を考えていくことが、刑務所生活の適正化につながると考えます。

引用文献

  • 林眞琴=北村篤=名取俊也『逐条解説 刑事収容施設法』(有斐閣、2017年)
  • 土井政和「社会的援助としての行刑(序説)」法政研究51巻1号(1984年)35-96頁
  • 大谷彬矩「『行刑の社会化』論の再検討―代替概念としての『同化原則』の可能性―」法政研究84巻2号(2017年)271-340頁
  • 大谷彬矩「ドイツ行刑における社会との同化原則の意義」法政研究84巻4号(2018年)907-974頁

関連するプロジェクト

  • 立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)「修復的司法観による少子高齢化社会に寄り添う法・社会システムの再構築」

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