人間科学のフロント

人間科学のフロント一覧へ

障害女性研究プロジェクト身体障害のある女性の「生きづらさ」とその解きほぐし

筆者: 土屋葉 (愛知大学文学部 教授) 執筆: 2019年10月

 障害のある女性は、障害があり女性であることにより、複合差別を受けるリスクが高いことに注目が集まっている。ここでは生活史法(桜井 2005)を用い、一人の障害女性が語る「生きづらさ」およびそれへの対処の経験を読み解くことから、複合差別の実態にアプローチする試み(土屋2018、土屋2019)を紹介する。
 高橋さん(仮名)は、40代の女性(年齢は調査時)。関東地域で生まれ、10代前半で事故により脊髄を損傷し、下半身および上半身の一部に運動・知覚障害を負ったため車いすを使用して生活している。
 高橋さんは、受傷直後の入院生活のなかで、十分な情報がない状態での治療、また女性であることに由来する、介助にかかわる「生きづらさ」を経験していた。これらは患者・障害者としての権利および女性患者・女性障害者としての権利に無自覚であったという時代性、未成年であった高橋さんの年齢や、代弁者の不在、施設や病棟等の未整備といった要因が折り重なって生じていた。さらに就学や就職の場面で、障害者であり女性であることを理由として、選択肢が制限される事態が起きた。周囲のサポートを得て大学へ進学し学生生活を謳歌したものの、就職活動は難航した。ようやくみつけた職場は、高橋さんに対する理解や配慮はほとんどなく、自身もあきらめや我慢を重ねていた。この背景には合理的配慮の提供がまだ一般的ではなかったことがある。
 恋愛・結婚に関しては、交際の初期の頃には、相手の親族から高橋さんを「ケアを受ける存在」であると捉えたうえでの反対があった。また結婚後は、周囲からの子育て(ケア)能力に関する疑義の声に遭遇していた。妊娠時に医療機関を受診した際には、自らの障害を否定されるかのような発言に出会っており、さらにある機関では施設の未整備等を理由として受け入れを拒否されたこともあった。出産後は、障害者として子育てをすることの困難に直面し、子育て支援体制の脆弱さから追いつめられていった。子育ては家庭内で女性が行うという規範があり、一方で障害者支援サービスの枠組みにおいて子育て支援を得ることには、大きな壁が存在していた。根強い性役割分業観は、障害者の領域においても例外ではない。これに加えて、障害をもっていて母親になる場合にはより「よい母親」であることが求められることが示唆された。
 高橋さんを助けたのは、彼女の行動力やモチベーションの高さはもちろんであるが、そのほかに経済的基盤、周囲からのインフォーマルなサポート、障害者運動との出会い、資格取得・進学・職業キャリアの形成・出産・子育ての際に必要な情報の獲得、さらにロールモデルとなる人の存在があった。高橋さんはこれまで多くの場面で、個人的な資源やネットワークによって問題に立ち向かってきたといえる。出産後は、支援を得ることに対し「割り切り」の気もちを有し、すべてを一人で引き受けるのではなく、積極的に他者から手助けを得る生活へと転換させ、男女を問わないワークライフバランスを志向するに至っている。このことはジェンダー視点からの家族生活のあり方の再考の提案にもつながるだろう。
 もちろん障害女性の「生きづらさ」の解消が、高橋さんのように個人の努力に委ねられることがあってはならない。まず、障害のある人が、教育・就職・医療・妊娠・出産等にかかわる情報にアクセスできるようなシステムが必要である。さらに、医療機関(の一部)が有する障害/障害者への偏見を失くしていくと同時に、男性のみならず女性の療関係者も十分有しているとはいえない、障害のある女性の生理・妊娠・出産に対する理解を促進させていくこと、障害についての専門医と生理・妊娠・出産の専門医との狭間に置かれる恐れがあることから、医療機関および診療科の間での連携体制の構築も重要な課題である。さらに、障害のある親の子育て支援サービ体制はかつてより整いつつあるが、自治体間に格差が生じないかたちでの整備が進められる必要があるだろう。
 高橋さんの人生の選択、現在の社会経済的地位には、多くの要素が影響を与えていたことをみた。障害のある女性としての経験は、「障害者としての経験」と「女性の経験」というように切り分けることはできず、一人の女性の生として全体的に捉えていく必要がある(Morris, Marika & Bunjun, Benita, 2006)。障害女性をとりまく実態について、さらに事例を積み重ねること、そして障害女性の「生きづらさ」を解きほぐす方策について、合わせて考えつづけていくことが必要である。

引用文献

  • Morris, Marika & Bunjun, Bénita, 2006, Using Intersectional Feminist Frameworks in Research:A resource for embracing the complexities of women’s lives in the stages of research.
  • 桜井厚,2005,「ライフストーリー・インタビューをはじめる」桜井厚・小林多寿子編著『ライフストーリー・インタビュー:質的研究入門』せりか書房,11-52.
  • 土屋葉,2018,「「障害女性であるゆえに悩みはつきない」 ―― 語りから読み解く身体障害のある女性の「生きづらさ」」『文学論叢』155, 1-22.
  • 土屋葉,2019,「障害のある母親として地域で暮らす : 語りから読み解く身体障害のある女性の「生きづらさ」(2)」『文学論叢』156, 25-47.

関連するプロジェクト


刊行物

立命館人間科学研究

おすすめ


facebook

メールマガジン登録

リンク

ASHS 対人援助学会

生存学研究所

アクセシビリティ方針