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思考場療法実証研究プロジェクト人とのかかわりにおける記録のあり方とは

筆者: 岡本直子 (総合心理学部 教授) 執筆: 2019年08月

 私は、4年近く、幼稚園で自由遊びの参与観察をさせていただいています。参与の様子は録画機器で撮影しますが、後で見直すと、参与観察の印象と録画の印象が異なる場合が少なくありません。

機器で記録され得ない、「関係性に根差した空気感」

 おおむね、幼児は成人よりも人間関係を構築するのに時間がかかりません。しかし、当然ながら、何度も会うことで関係性が作られ、そこからようやく見えてくるものも少なくありません。それは、例えば、調査者と対象児がともにいることで醸し出される安心感であったり、体験をともにするなかで芽生えていく仲間意識であったりします。そして、そのような「関係性に根差した空気感」は、録画には記録され得ないのです。
 心理学は科学である、という考えのもと、エビデンスが重要視され、後で他の研究者がアクセス可能な形でデータを残すことが求められます。しかしながら、いかなる最先端の記録機器をもってしても、「関係性に根差した空気感」を残すことは不可能なのです。

「厚い記述」

 それでは、「関係性に根差した空気感」はデータとして取りこぼされたままになるのでしょうか。筆者は、質的心理学で言われている「厚い記述(Tick Description Charmaz, 2003; Richards, 2005)」がこの問題に役立つと考えます。
 私の専門領域は臨床心理学です。臨床心理学は関係性に根差した心理療法の営みに関する学問です。多くの場合、1回あたりの心理療法のセッションは50分で、録画も録音もされません。セッションの後、面接で語られた内容やその時の様子など、客観的な事柄の記録を行います。それに加えて、面接者が折々でどのように感じたなども記録され、「厚い記述」に相当する記録がなされます。このような記録の積み重ねが、セッションを重ねていく上での航海図にも、何か問題が生じた場合に立ち戻って考える材料にもなるのです。特に面接者がどのように感じたかに関する情報は、面接のなかでの面接者の心の機微(多くの場合、被面接者の心の機微の映し鏡でもある)が描かれたものであるため、関係性の流れを把握する重要な情報源となります。
 
 このような記録は、機器を用いた記録に比べてエビデンスに欠けるのでしょうか? 機器で全てが記録できるという考えがそもそも誤りであると筆者は考えます。かかわりのなかで、偏らず、溺れず、しかし着実に見据えて記述する。このような営みを大切にすることが、人間科学の研究者には求められるのではないでしょうか。

引用文献

  • Charmaz, K. (2003). Grounded Theory. In S. J. A (Ed.), Qualitative psychology: a practical guide to research methods (p. 81-110). London: Sage.
  • Richards, L. (2005). Handling qualitative data: A practical guide. London: Sage.

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