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修復的司法観による少子高齢化社会に寄り添う法・社会システムの再構築被疑者取調べへの弁護人の立会い

筆者: 山田早紀(立命館グローバル・イノベーション研究機構 研究員) 執筆: 2019年05月

はじめに:日本の被疑者取調べ

 2018年11月,日産自動車をめぐる事件でカルロス・ゴーン氏が逮捕され,日本国内では本件について連日,大きく報道されてきました。海外の報道機関でも本件は大きく報道され,事件の経緯や捜査について多くの報道がなされました。その中で海外の報道機関からは,日本の被疑者取調べについて疑問視する声も見受けられました。
 日本では一度逮捕されると,最長で23日間,身柄を拘束されます。この期間中,被疑者(犯罪行為をしたと疑われている人)は,捜査官による追及を受け続けることになります。さらに裁判所が禁止した場合,被疑者は,家族と手紙のやりとりや面会を行うことができません(弁護士との面会や通信は可能です)。こうした被疑者取調べの現状が虚偽自白や冤罪を生む一因となっていることから,日本では取調べの適正化について繰り返し議論されてきました。
 

  • こうした現状は「人質司法」として国内外で多くの批判を受けており,2019年4月,日本の法律家らが中心となって「『人質司法』からの脱却を求める法律家の声明」が出されました。

https://www.hrw.org/ja/news/2019/04/10/329049

取調べの適正化のための方策:被疑者取調べの録音・録画制度(可視化)

 上記のような現状が一因となって発生した多くの無罪事例や再審無罪事例(一度,有罪判決が出たものの裁判のやり直しによって無罪であることが明らかになった事例)がきっかけとなり,取調べの適正化について多くの議論が行われました。2010年10月に「検察の在り方検討会議」が設置され,その後,「法制審議会―新時代の刑事司法制度特別部会」(以下,特別部会)が始まりました。その結果,2016年5月に成立した「刑事訴訟法等の一部を改正する法律」によって「時代に即した新たな刑事司法制度の構築」が目指され,一部刑事事件の取調べの全過程の録音・録画制度(以下,可視化)が導入されました(その他にも合意制度等も導入されました)。しかし,可視化が実施されるのは一部事件に限られること,実際に裁判で提示されるのはごく一部分であること,可視化記録の証拠法的取扱い自体に議論があることなど,取調べの適正化としては課題も多くあります。このことから,可視化のみでの取調べの適正化には限界があるといえます。そこで今,議論されているのが「被疑者取調べへの弁護人の立会い」です。

被疑者取調べへの弁護人の立会い

 アメリカの映画やテレビドラマの取調べシーンで,捜査官と対峙する被疑者の近くにもう一人の人物が座っているシーンを見たことはないでしょうか。その人物は被疑者の弁護人で,取調べに同席して,被疑者に対してアドバイスをします。このように被疑者取調べへ弁護人が立ち会う(以下,弁護人立会い)権利は,多くの海外の司法制度で認められています(アメリカ,イギリス,オランダ,フランス,ドイツ,イタリア,台湾,韓国など)。取調べの適正化の手段として,弁護人立会いは広く導入されています。一方で,日本には弁護人立会い権について規程はなく,身体拘束下での成人被疑者に対する取調べで弁護人が立ち会うことはありません。2018年10月,日本弁護士連合会は「弁護人を取調べに立ち会わせる権利の明定を求める意見書」を公表し,弁護人立会いを制度化することを求め,議論が進められつつあります。また一口に「弁護人立会い」といっても制度はさまざまで,取調べに弁護人が積極的に介入できる国もあれば,弁護人の発言自体が認められていない国もあります。また,ほとんどすべての事案で弁護人立会いが行われる国もあれば,権利が認められているものの,実際の多くのケースでは弁護人の立会いがない国もあります(なお,冒頭にあげたアメリカの映画やテレビドラマの事例ですが,アメリカでは現在,実際の取調べで弁護人が立ち会うことはめったにないそうです。これは,被疑者には弁護人が取調べに立ち会うことが権利として認められているものの,弁護人立会いを被疑者が希望した場合,取調べは実施されず,権利を放棄して弁護人立会いのない取調べが実施されるためであるとのことです)。
 

  • 参考:近畿弁護士会連合会 刑事弁護委員会(編)「第30回近畿弁護士会連合会人権擁護大会シンポジウム第2分科会 取調室の扉を開こう!~取調べの可視化から弁護人立会いへ~ 報告書」,2018年

おわりに:今後に向けて

 このように新たな取調べの適正化としての方策である「被疑者取調べへの弁護人の立会い」制度については世界でもさまざまな運用がなされており,日本でも検討自体が始まったばかりです。可視化と弁護人の立会い,両方をうまく運用していくことで,さらなる適正化の方策について考えていく必要があります。今後は,その運用の可否について法学的な検討だけでなく,被疑者,捜査官,弁護人,さらには裁判員や裁判官の心理についても幅広く検討し,適切な運用について議論をすすめる必要があるでしょう。

関連するプロジェクト

  • 立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)「修復的司法観による少子高齢化社会に寄り添う法・社会システムの再構築」

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