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取調べ録画映像のインパクト啓発プロジェクト/公正な司法を実現するICT教育教材の開発プロジェクト心理学実験にもとづく鑑定書を裁判所はどうとらえたか

筆者: 山崎優子(立命館グローバル・イノベーション研究機構 専門研究員) 執筆: 2018年07月

 約100年前、目撃証言に影響する要因について実験的検討を行った寺田精一は、司法領域で心理学研究を行った最初の日本人であり、刑法学者と協働で、研究で得られた知見を法の現場で使えるものにしようとした(若林・佐藤, 2012)。
しかし100年が経過した現在、目撃証言に関する心理学研究が司法に受け入れられているとはいえない。
 DNA鑑定によってえん罪が明らかとなった事例を分析したWells et al.(1998)は、全体の90%にあたる36件で、誤った目撃証言が関与していることを明らかにした。DNA鑑定はえん罪被害者にとって救世主のようである。しかしDNA鑑定が可能な物的証拠が存在しないケースも数多い。そうしたケースで目撃証言が関与する場合、真犯人を見つけ出すか、目撃証言に信頼性がないことを証明するしか救われる道はない。
 えん罪を訴える被告人や弁護人から依頼を受け、心理学者が目撃証言の信頼性について鑑定を行うことがある。しかし、信頼性が極めて低いという鑑定結果が得られた場合であっても、それが司法に受け入れられることは極めて難しい。本稿では、そうした2つのケース、飯塚事件(1992年に発生。女児2人が小学校登校中に行方不明となり、翌日に遺体となって発見された)と富山事件(1974年に発生。男性1人が白昼の路上で殺害された内ゲバ事件)を取り上げ、心理学研究と裁判との関係について考察する。両ケースとも被告人が無実を訴えていたが有罪が確定し、依頼を受けた心理学者が、再審請求に向けて目撃証言の信頼性を確かめる実験を実施した。

飯塚事件に関する目撃証言実験(厳島,2014)

 時速25~30㎞で軽自動車にて走行中、カーブにさしかかったところに停車中の車と側にいる人物を目撃した場合、12日後に、目撃した場所、車、人物について詳細に供述することは可能だろうか。飯塚事件の目撃者T氏にはそれが可能であったという。T氏は以下のように供述している。
 「男はワゴン車の横に立ち、車の反対の方つまり私に背を向けて立っていた。この男の人相は、頭の前の方が禿げていたようで、髪は長めで分けていたと思うし、上衣は毛糸みたいで、胸はボタンで止める式のうす茶色のチョッキで、チョッキの下は白のカッター長袖シャツを着ておりました。その感じから年齢は三〇~四〇歳くらいだと思います」
 「・・・前輪タイヤより後輪タイヤの方が小さいことや、後輪のタイヤホイルの車軸の部分がへこんだ形になっていることも見ており、ダブルタイヤだと思いました。他に、タイヤのホイルの車軸の部分がへこんだ形になっていたのですが、その中央のボルトがしめてある辺り、つまりハブのふちの辺りが黒っぽい線状になっていたような記憶もあります」
 厳島は、できるだけ実際のT氏が目撃した条件に近づけて、T氏のように詳細に記憶することが可能かを確かめるフィールド実験を実施した。実験参加者は30人であった。実験の結果、「対向車線に必ず駐車している車があるので、その車とその車の周囲に注意して運転してください」と事前に教示した場合であっても、T氏のように詳細に報告できた参加者は一人もいなかった。また実際とは異なる事象も報告された。

富山事件に関する目撃証言実験(近藤・箱田,2004)

 左右それぞれ0.2、0.4の視力の人が、16.45m離れた人物を目撃した場合、後日、警察で提示された写真の中から目撃した人物を正しく選ぶことができるだろうか。富山事件の目撃者I氏にはそれが可能であったという。
 証人I氏の目撃証言の信頼性を確かめるために、近藤と箱田は、初対面の人物の顔認識に対する観察距離と視力の関係を定量的に調べた。その結果、0.4の視力の人が、顔を認識できる最大距離は6.82mであることが明らかとなり、16.45m離れた人物を特定することはできないと結論づけた。また、0.4の視力の人が16.45m遠方に位置する人物を目撃した場合、髪型についての情報の手がかりの有無にかかわらず、写真による同一識別は不可能であることを明らかにした。

心理学実験にもとづく鑑定書を裁判所はどうとらえたか

 上記2つのケースは、それぞれ心理学実験の結果をふまえた鑑定書が再審請求に提出された。しかし飯塚事件に関しては「鑑定書の実験の参加者が目撃者と違う」という点で鑑定書の価値は認められなかった(厳島,2014)。富山事件に関しても「現実の本件目撃者らの目撃状況と相当の差異がある」として、鑑定書の証拠としての価値が認められなかった(箱田,2009)。
 この結果はどうみるべきだろうか。100年前の寺田精一の時代よりも、裁判所は心理学研究で得られた知見に対して拒絶反応を強め、経験則に基づく事実認定に固執しているということだろうか。寺田精一が「刑法の補助科学の教育においては,実験心理学一般を講じその一部として取り上げる形で刑事心理学を法曹教育に取り入れる必要性を説いた」(若林・佐藤,2012)ように、事実認定に関する心理学研究についての教育を、司法関係者が受けることが重要だと思われる。そうでないかぎり、科学研究にもとづく事実認定は、永遠に受け入れられないかもしれない。

引用文献

  • 箱田裕司(2009)富山事件上告趣意補充書に付された意見書要旨. 法と心理, 8(1), 141-143.
  • 厳島行雄(2014)飯塚事件における目撃者Tの供述の正確さに関する心理学鑑定. 法と心理,14(1). 17-28.
  • 近藤倫明・箱田裕司(2004)目撃者の視力が顔識別に及ぼす影響. 法と心理,1, 81-87.
  • 若林宏輔・佐藤達哉(2012)寺田精一の実験研究から見る大正期日本の記憶研究と供述心理学の接点 心理学研究 83(3), 174-181.
  • Wells, G.L., Small, M., Penrod, S., Malpass, R.S., Fulero, S.M., & Brimacombe, C.A.E.(1998). Eyewitness identification procedures: Recommendations for lineups and Photospreads. Law and Human Behavior, 22(6),1-38.

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