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いばらきコホートプロジェクト三輪車の取り合いからみる自己調整機能の発達

筆者: 廣瀬翔平(総合心理学部 助手) 執筆: 2017年8月

1台の三輪車をめぐって

 三輪車に乗って遊んでいた子どもの前に,別の子どもがやってきて,「三輪車かーわって!!」といった。三輪車に限らずこのような,ものをめぐるやりとりは,幼稚園や保育園といった集団生活の中では,たびたび遭遇する場面である。今回は,私が幼稚園で観察した特に印象的であった三輪車をめぐるやりとりから子どもの発達を考えてみる。

三輪車を取り合う持久戦

 このエピソードは,2学期も半ば過ぎた12月に起こった。3歳児クラスのハジメ(仮名)が三輪車に乗って遊んでいた時に,同じクラスのススム(仮名)が三輪車に乗ろうとやってきた。ススムは「かーわって」と言いながら,三輪車をつかんだ。手を離してもらえないハジメはぐずり始め,しまいには泣き始めてしまった。その様子をみた先生がやってきて,ススムに「手, のけてっていってるわ。あとでかわってもらったら?」と言葉をかけた。けれどもススムは「いや」と即答した。先生は「ススムものりたんやね」とススムの気持ちを汲み取りつつ,「のけてっていてるわ」とススムに伝える。その後も,ハジメの「どけて」に対して,ススムが「ダメ」と返すやりとりが続いた。このやりとりがしばらく続いた後,ハジメがススムを押したことで,ススムがこけてしまい泣き始めた。ハジメは三輪車で走っていた。泣いてしまったススムは先生に慰められ,別の三輪車を探すが,すべて誰かが乗っていたので,諦めてボール遊びを始めようとする。しかし,三輪車を諦め切れなかったススムは再度,ハジメの三輪車を追いかけていった。そしてまた,「乗りたい」「ダメ」のやり取りを繰り返した。このやりとりは,最後,ハジメに押されて,ススムがこけて泣いてしまい先生に慰められたことで終了した。終了までがおよそ15分のやりとりであった。この学年について1年間を通して観察を行なったが, このような長時間のもののやりとりは,2学期の中盤ごろに集中しており,1学期や3学期では,ほぼ観察されなかった。

三輪車の取り合いからみる自己調整機能の発達

 上述のエピソードを考察する一つの切り口として,自己調整機能の発達が考えられる。自己調整機能とは,自分の欲求や意志を明確にもち, これを他人や集団の前で表現し, 主張する自己主張の側面と集団場面で自分の欲求や行動を抑制, 制止しなければならないとき, それを抑制する自己抑制の側面,この2つを合わせたものをいう(柏木, 1988)。この自己調整機能の2つの側面の発達時期の違いが明らかにされている。自己主張の側面は,自己抑制の側面よりも早く発達し,4歳半5歳で頭打ちになること,自己抑制の側面は自己主張の発達が頭打ちになった以降も緩やかに発達することが示されている(柏木, 1988; 松永, 2008)。上述の長時間の三輪車の取り合いは,この自己調整機能の発達時期の違いによってみられた現象ではないかと考えられる。この2学期中盤は,自己主張の側面と自己抑制の側面の発達の差が大きく開く時期であったのではないだろうか。つまり, 自己主張の側面が大きく発達し,相手や先生がなんと言おうが「乗りたい」「ダメ」という意志をはっきり持ち, 自己主張できる。一方で,自己抑制の側面の発達はまだまだ未発達な段階にあったため, 自己の欲求を抑えるのがむずかしい。そのため,相手が貸してくれるまで, もしくは相手が借りようとするのをあきらめるまで,お互いに折れることなく, 頑なに自己主張を続け,特にススムは,一度は諦めて他の遊びをしようとして自己抑制しようとしたが,三輪車で遊びたいという欲求が勝り,自己主張を続けたのではないだろうか。
 このような日常の何気ないエピソードには,子ども達の発達を理解するためのヒントが隠されている。今後も, 子ども達の日常場面を観察し,その背景にある要因について考え, 探求することで発達研究をより深めていきたいと考えている。

引用文献

  • 柏木惠子 (1988). 幼児期における「自己」の発達―行動の自己制御機能を中心に―. 東京大学出版会.
  • 松永あけみ (2008). 幼児期における自己制御機能(自己主張・自己抑制)の発達―親および教師による評定の縦断データの分析を通して―. 群馬大学教育学部紀要人文・社会科学編, 57, 169-181.

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