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カール・ロジャーズに学ぶ「聴く姿勢」

筆者: 斧原藍(立命館グローバル・イノベーション研究機構 補助研究員) 執筆: 2020年02月

 日常生活の中で、悩みを打ち明けられたり、相談をもちかけられたりして、他人の大事な話を聞くという経験は、多かれ少なかれあるのではないだろうか。あるいは、もっとカジュアルに、夫の会社の愚痴や、子どもの学校での話、友人の恋愛話など、誰かの「話したい!」気持ちを聞く機会は少なからずあるだろうと思う。そのようなとき、皆さんはどのように「聴く」だろうか。聴き方に正解はないが、ここでは心理療法家であるカール・ロジャーズの考えに沿って「聴くこと」について考えたい。

カール・ロジャーズの考え

 心理療法家の一人であるカール・ロジャーズは、1900年代の中〜後期にかけて活躍し、パーソンセンタードアプローチという心理療法を創始した。精神分析や行動主義に並ぶ3大心理療法の一つ「人間性心理学」の発展に大きく貢献した一人でもある。
 そのロジャーズが大切にしていることの一つに、「人間には成長に向かっていくための資源や回復するための能力が潜在的に備わっており、(そういう資源や力が元々備わっているのだから)その人がどうしたいのか、どう在りたいのか、というのはその人自身が一番知っている」という考えがある。ロジャーズはこの考え方を前提に、相談を受けるときは、自分(聞き手)が持っている専門的な知識や意見を伝えるよりも、相談者(話し手)の主体性を尊重し、その人が自ら(その人にとって)建設的な選択ができるようサポートすることに重きを置くようになった。

共感的理解

 しかし、実際に人の話を聴いていると、「もっとこうすればいいのに」と聞き手なりの解決策が浮かんだり、「そうなったのは、あなたにも責任があるのでは?」と批判的な気持ちが生じたりすることがある。あるいは、「この話はこういう展開だろう」「きっとこういうことが言いたいのだろう」と聞き手のこれまでの経験を元に、話の道筋を先回りして仮定してしまったりすることもある。もちろんこういった考えや返答が役に立つことは大いにあるだろう。しかし、これらの思いに頭の中が占領されると、相手の話がなかなか入ってこない。また話し手は、もらえる答えを待つスタンスになって自分で考えるのをやめたり、相手からの評価や批判を恐れて言いたいことが言いづらくなったりする。
 こういった事態を避けるべく、注目したいのが「共感的理解」である。ロジャーズは話し手の邪魔をすることなく、自由に安心して話してもらうためには、聞き手の態度が重要であると考えた。特に重要な態度として3つ挙げられ、そのうちの一つが、「共感的理解」であった。共感的理解とは、 話し手の“私的世界を、それが自分自身の世界であるかのように感じ取り”、「あたかも〜のごとく」という性質を伴って聞く体験様式である。加えて、それはいわゆる共感よりも一層内的な行為であり、認知的、感情的、身体的な領域を含めた話し手の「感じ」を感じ取ろうと努力する聞き手のプロセスのことである。例えば、「紙で指を切った」と聞いたとき、その光景が浮かび、どのような痛みかと想像すると同時に、音もなくスッと切れた後にじわじわと傷口の痛みが強まる感覚をリアルに想像する、といったプロセスは共感的理解の体験に近いだろう。「絆創膏貼ったらどうかな?」という返答ももちろん悪いわけではないが、両者では聴く際の心構えが異なる。共感的に理解しようと努めれば努めるほど、話し手が伝えようとしていることを掴もうとする意識に注意が向き、聞き手の個人的見解や考えを率先して伝えようとする意識は薄れるだろう。
 なお、重要な態度の残りの二つに「無条件の肯定的関心」と「自己一致」というものがあるが、ここでは用紙の関係上省略したい。

ロジャーズ的「聴くこと」とは

 ロジャーズの論を元に考えれば、「聴くこと」とは、安心して話せる雰囲気を作ると同時に、話し手の体験がまるで自分の体験かのように感じてみようとする姿勢だと言える。
 もし誰かの話を聴く機会があれば、一度「まるで自分のことのように、その人は何を考え、どう感じ、身体的にどういう感覚が生じたのか、その人全体になったつもりで感じてみよう」という意識を持ちながら、実際の返答としては相槌以外に何もしない、ということを試してみてほしい。きっと、たくさんの気持ち・感覚が生じるだろうと思う。相手が何を伝えたいのかいつもより鮮明に感じ取れるかもしれないし、普段話を聴いていたはずだが意外に自分がたくさん喋っていたかもと気づくかもしれない。
 たとえ相槌だけでも、体をしっかりと相手に向けて、上記のことを意識して聴いていれば、一生懸命な様子が相手に伝わり、話し手は「聴いてもらえた」と感じることができるだろう。
 


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