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開かれた学校づくりプロジェクト学校における居場所づくりの課題

筆者: 神崎真実(立命館グローバル・イノベーション研究機構 専門研究員) 執筆: 2019年5月

 学校を、子どもたちの居場所にする――こうした取り組みに真っ向から反対する人は、ほとんどいません。多くの大人が、学校における子どもの居場所づくりに賛同の姿勢を示します。しかし、いざ学校の中で居場所をつくるとなると、話はそう簡単ではありません。居場所づくりは、学校教育の「当たり前」と相容れないこともあるからです。では、学校における居場所づくり※にあたって、具体的にどのようなことが課題になるのでしょうか。本稿では、学校における居場所づくりの課題について考えてみます。
 
※居場所には様々な定義がありますが、ここでは、無理なくいられる場所、いてもいいと思える場所という意味で使用します。

「いる」への注目 

 居場所づくりは、「いる」への注目から始まります。「人がある場所に『いる』ということは、人と環境との関係の表出であり、その場所を選ぶということは、周囲の環境に対する人の欲求の発現の一つのかたち」(山田,2007,p.31)でもあります。しかし、「いる」は「する」の物陰に隠れてしまい、普段は注目されることがありません。例えば、暴言を吐く子どもがいたとき、その子の暴言には注目が集まりますが、その子が暴言を吐きながらでもその場所に「いる」ことには注目されません。また、学級集団の中では、一人ひとりが「いる」という状態に目がいかず、ひとまとまりとして括られてしまうことがあります。まずは、子どもたち1人ひとりの「いる」に目を向けていくことが実践課題となります。

どこで居場所をつくるのか 

 また、どこで居場所をつくるのかを検討することも、重要な課題です。私がフィールドワークを行ってきた高校(不登校経験者が多く在籍する通信制高校や単位制高校)では、職員室やオープンスペースを活用して、生徒の居場所がつくられていました(e.g. 神崎・サトウ,2018)。居場所は、教室の中だけでなく、教室の外にもつくり出していくことができます。しかし、教室こそが生徒の居場所だと考える先生にとって、生徒が教室外にいることは、教室にいないという「問題」になってしまいます。居場所をどこでどのように形づくるのかは、教員それぞれの発達・教育観や指導観、経験などによって意見が大きく異なりますし、学校のあり方そのものに関わることですから、様々な側面からの検討が必要になります。

生徒の居場所を捉える 

 上述した実践課題について、(心理学の)研究者ができることは、データをとって実態を理解していくことです。心理学では、生徒の居心地や学校適応感に関する質問紙がいくつも開発されていますから、尺度を利用することで実態の一側面を把握することができます。例えばオープンスペースと教室が、生徒にとって、それぞれどのような居場所機能を果たしているのか、各々の場所で過ごす生徒がどの程度、居場所があると認識しているのか等について、理解を深めることができます。また、生徒がどこでどのように過ごしているのかを観察したり、生徒の物語をきいたりすることで、彼らの学校経験の「質」を理解していくことも必要でしょう。

居場所に関する議論を拓く 

 ただし、データを集めて生徒の実態を理解したからといって、居場所づくりができるわけではありません。生徒の実態や有効な支援法が分かることと、それを具現化することとの間には大きな隔たりがあります。例えば、子どもの発達には大人による応答が重要だと言われていますが、「専門家は抽象的にはそんなことは十分常識となって」いるのであり「問題はその専門家がいるところの現場において,あるいは子どもが生活する支援の場において,どのように応答性が実現できるかであり,それはまた同様に守るべき他の原則とどう両立させるか,さらに現実的経済的な制約とどう折り合いをつけるかが問われる」(無藤,2016,p.561)のです。学校における居場所づくりを考えていくにあたって、生徒の実態把握や経験理解は不可欠ですが、そこから更に、居場所づくりに関する議論を拓くということが、これからの(研究者としての)大きな課題になりそうです。
 

引用文献

  • 神崎真実・サトウタツヤ(2018)ボランティアと協働した学級復帰の支援体制づくり――全日制単位制高校におけるフィールドワーク―― 教育心理学研究66(3), 241-258
  • 無藤 隆 (2016). 生活における発達 田島信元・岩立志津夫・長崎 勤(編)新・発達心理学ハンドブック(pp. 560-571) 福村出版
  • 山田あすか (2007)ひとは,なぜ,そこにいるのか―「固有の居場所」の環境行動学 青弓社

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