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いばらきコホートプロジェクト育児参加における”祖父母の力”のメリットとデメリット:日中比較研究

筆者: 孫怡 (立命館グローバル・イノベーション研究機構専門研究員) 執筆: 2018年02月

祖父母育児の現状(日本と中国)

 日本社会では、超高齢化および少子化が進み、労働力不足や女性の仕事・育児両立、待機児童問題など様々な社会問題が深刻になっています。その背景に、ワーク・ライフ・バランスに困難を抱える子育て世代に、「祖父母力」をより活用する動向があり、子や孫を支える私的資源としての祖父母の重要性が次第に高まっていることがあります(樋口、2006)。その中で、子育てや共働きをする上で祖父母の支援を得やすい「近居」というライフ・デザインも注目されています(北村、2008)。しかし、そのようなライフ・スタイルは高齢者のQOL(Quality of Life、生活満足度)、そして親世代、子どもにどのような影響を及ぼすか、日本の都市部ではまだ新しい社会形態であるため、様々な懸念があります。
 一方、隣国の中国社会では、日本と同様に少子高齢化問題に直面していますが、祖父母の力を借りて共同育児(co-parenting)ないし3歳まで完全に祖父母が孫を養育するのが一般的です。中国では、0-3歳児向けの保育園がほとんどなく、育児における社会資源は欠如しているのですが、夫婦共働きや女性の産後早期就労復帰は実現できています。日本の「M字型」女性労働力率に対して、中国の女性労働力率は「逆U字型」に安定しており、女性が産後でも積極的に社会生産に参加している状況になっています。その背景には、社会文化要因のほか、祖父母の育児支援が極めて重要な資源になっていることが考えられます。しかし、近年、育児理念・価値観の変化につれ、祖父母と若い世代の親の間に、様々な育児観のズレや齟齬が生じています。しつけに関する不一致や矛盾が子どもの混乱を招いたり、しばしば育児方針の違いによる衝突場面を子どもに目撃させてしまうこともあります。それらは子どものパーソナリティの発達や精神健康にマイナスな効果を及ぼすだろうとの懸念もあがっています。
 そこで、本研究は日本と中国、それぞれ子育て中の親を対象に、質問紙調査やインタビュー調査、フィールド観察を通じて、祖父母育児の実態とそれによる親子のQOLへの影響について、3年間の縦断研究で検討していく予定です。ここでは、これまで収集してきた一部のデータによってわかってきたことを紹介します。

祖父母育児参加のメリット

 中国の上海において、完全な祖父母育児が26%、祖父母共同育児が62%を占めていることと比べると、日本の東京では共同育児が12%にしか達していない状況ではありますが、両国とも祖父母の育児参加(支援)が親世代の大変助けになっていることがわかりました。母方と父方の両親の育児参加度は違いますが、日中ともだいたい5割以上の保護者が、祖母のほうが「とても頼りになる」と評価しました。子どもの預かりや、育児相談、家事の手伝い、経済的支援などさまざまな側面において、祖父母たちの支援を受けていることが報告され、子育てにおける祖父母の力が非常に大きく、若い世代の育児を支えていることは明らかです。祖父母からのサポートは親子ともに生活の安定とQOLの向上につながると考えられます。

祖父母育児参加のデメリット

 日本では、祖父母が支援する程度の育児参加が多いため、世代間の育児観の違いによる衝突が少なく、祖父母の養育態度による子どものパーソナリティへの影響も見られませんでした。一方、中国では、祖父母の育児の参加度がかなり高く、孫の面倒をみるための三世代同居が5割以上も占めていることから、祖父母と子どものかかわりがかなり大きいと考えられます。そこで、祖父母養育による子どものパーソナリティへのネガティブな影響が示唆されました。たとえば、祖父母養育の場合、子どもの向社会性がより低く、親子間の不安的愛着および欲求不満場面における反応の激しさの得点がより高いといった傾向がみられました。高齢者の体力の低下により、外遊びや社会活動が減少しているため、子どもの向社会性にマイナスな影響を及ぼした可能性があります。また、祖父母育児による親子の親密時間の減少が、親子間の愛着不安(たとえば、母親がいつ離れるか、つねに不安でいる)の原因になると考えられます。そして、祖父母が孫を甘やかす傾向があり、それが子どもの反応の激しさ(例えば、思い通りにならないとすぐ激しく泣く、かんしゃくを起こしやすいなど)を増加させたと推測されます。

今後の展望

 今回は、日中の祖父母育児の状況とそれによる親子への影響について触れましたが、今後はそれによる高齢者自身への影響も検討していきたいと考えています。高齢者である祖父母たちは体力と精力とも低下しているため、高度な育児参加はかなりの負担になると考えられます。どのような養育スタイルが3世代にとって一番理想的かつ有効的であるか、それを検討することが本研究の最大な目的です。

参考資料

  • 樋口恵子(2006).「祖父母力」新水社.
  • 北村安樹子(2008)子育て世代のワーク・ライフ・バランスと“祖父母力”. Life Design Report(2008.5-6月), 16-27.

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