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法と人工知能プロジェクト人間と人工知能とのコミュニケーションに関する研究の展開

筆者: 林勇吾(総合心理学部 准教授) 執筆: 2017年9月

研究の分野の紹介

人工知能技術は急速に進化し,医療・福祉,教育を始めとする様々な分野において活用されている.人工知能を開発するための技術的な検討に関しては,これまで情報科学の分野を中心に行われてきており,様々な計算アルゴリズムに関する検討が行われている.一方で,人間が人工知能を搭載した知的なシステムとのインタラクションに関する研究は,情報科学の枠を超えて認知科学や社会科学の分野との学際的な研究が行われている.例えば米国では,Human Computer Interaction(HCI)と呼ばれる学部(例えば,CMU(https://www.hcii.cmu.edu/))やこれに関する国際会議が(例えば,ACMが主催するCHI(https://sigchi.org/), CSCW(https://cscw.acm.org/)など)がある.これらの分野の中心は情報工学であるが,人工知能を搭載したロボットのような知的システムと人間がどのように協調的にコミュニケーションを取り,また共存していくことが可能なのかという人間科学のトピックも検討されている.また近年,人工知能の分野で「エージェント」と呼ばれるシステムの研究開発が行われてきている.エージェントとは,あるルールに基づいてものごとの判断や問題解決を自律的に行うコンピュータのプログラムである.身近にある例では,ATMを利用した際に画面上に現われる擬人化されたキャラクターやスマートフォンに入っている「羊の執事」などのアプリケーションが挙げられる.このような知的なシステムと人間が対話を行うための基礎的な技術や人間の認知活動や社会行動を明らかにする研究の分野として, Human Agent Interactionという分野が誕生し,国内外で研究が盛んに行われている.詳しくは,こちらのページを参照されたい(国内学会http://hai-conference.net/symp2017/ , 国際学会http://hai-conference.net/).

リサーチクエスチョン

HCI研究では現在,人間がエージェントに対してどのような反応を示すのか,どのようにエージェントをデザインすれば人間とコンピュータが意思疎通を円滑に取れるのかといった点について数多くの研究が行われている.そしてこのような研究を進めていく中で見落とすことの出来ない重要な理論の一つとしてMedia Equationがある.これは,人間同士がコミュニケーション中に現れる無自覚的な対人反応が,コンピュータとの対話においても同様に現れることを提唱したものである.例えば,人間同士がコミュニケーションにおいて観察される社交辞令について,人間がコンピュータに対して礼儀正しく振舞うことが実験的に調べられている(Nass et al., 1995).しかし,人間の振る舞いに対して自律的・適応的に反応し,ある種の人格を表出する人工知能やエージェントに対しても対人反応を示すのだろうか.人間科学研究所で我々が行っているプロジェクトでは,人間と人間,人間と人工知能のコミュニケーションの比較を通じて,人間の人工知能に対する対人反応をはじめ,人間と人工知能との協調・共存の可能性について認知科学的な実験を用いて検討している.

裁判での意思決定における人工知能の利用(Hayashi & Wakabayashi, 2017)

ここで紹介するのは,裁判場面を題材として我々のグループで行っている研究で,人工知能による情報提供が意思決定にどのような影響をもたらすのかを扱ったものである.日本の裁判では,陪審員が量刑の長さ(量刑相場)を決定する際に専門家から過去の事例に基づいて量刑相場が提示される仕組みがあり,本研究ではそのような場面での意思決定のプロセスに焦点を当てた.この研究で行った実験では,コンピュータ上である事件に関する裁判員裁判の評議を模擬的に構築し,量刑判断における量刑相場の呈示者を人間の専門家を模した「裁判官」のグループと「人工知能」のグループに条件分けして比較検討した.その結果,4年という事件の内容に対して比較的妥当な相場が実験参加者に提示された場合において,人工知能と裁判官との間に差異が認められ,実験参加者が人工知能から提案された相場に近い意思決定を行っていたことが明らかになった.つまり,人間は意思決定場面において,人工知能からの情報提供を人間の場合よりも積極的にそれを手がかりとして利用して意思決定を行う傾向にあることが示唆された.詳細については,以下の国際会議論文を参照されたい.
Hayashi, Wakabayashi (2017) Can AI become reliable source to support human decision making in a court scene? , Proceedings of the 20th ACM Conference on Computer-Supported Cooperative Work and Social Computing(CSCW 2017), 195-198
論文のダウンロード(http://dl.acm.org/citation.cfm?doid=3022198.3026338)
我々はこのような基礎的な実験を積み重ねていくことで,人工知能のデザインに関する情報科学から,人間が人工知能との接し方に関する人間科学まで幅広く探求していくことが可能であると考えている.また,今回の実験場面で取り上げた量刑相場の判断の場面のように,人間が相手だと悪影響になることが人工知能を利用することで回避できるというようなことが明らかになれば,人工知能の社会での利用法についても新たな発見が生まれるといえる.

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