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記憶プロジェクト「認知心理学者視点で見る「記憶」」

筆者: 都賀美有紀 (総合心理学部特任助教) 執筆: 2018年03月

記憶を研究する

 「私は記憶研究者です」と言うとなんだか胡散臭い。忘れていた幼少期の思い出らしきものをスルスルと引き出してみせたり,今見たばかりのことを瞬時に忘れさせたりする方法を研究しているかのように思われるのではと心配になる。否,まっとうに記憶の「しくみ」を調べているのである。

記憶を分けてしくみを調べる

 記憶には種類がある。しくみがどうなっているかに関心を寄せる認知心理学では,例えば,一時的に覚える電話番号と時報は117番だという知識は違う種類の記憶とされる。前者は短期記憶といい,後者は長期記憶という。こういった分類があるのはそれぞれに異なるメカニズム,つまり,違う働きをするしくみが背景にあると,ひとまず仮定しているためである。短期記憶と長期記憶を例にとっても,一時だけ覚えることと身に染みた知識を使うことが違うメカニズムによるということは直感的にも確からしく思えるかもしれない。しかし,ひとまずと置いたように,簡単にはそれぞれに異なる記憶メカニズムを持つとはならない。
 短期記憶と長期記憶を分けることにしても,昔から今に至るまで議論は絶えない。これら2つの説明(Atkinson & Shiffrin, 1968)は今や認知心理学の教科書の定番である。一方で,それらの区分の仮定に消極的な見解,つまり,単一のメカニズムで説明できる可能性を示す近年の研究もある(Russo & Grammatopoulou, 2003)。短期記憶と長期記憶の区分が必要と主張する立場にも,必要でないと主張する立場にも手堅い論証がある。

視点を変える?切り口を変える?さらに分ける

 ながく決着を見ない議論があるならば,問題にどのようにアプローチするかが重要であろう。新たな視点や違う切り口による検討は言うまでもないが,さらに細分化する方法もある。整理すると言ってもよいかもしれない。記憶に種類があるということは誰かが区別したからであるが,では区別されていないものが単一のものかというと,必ずしもそうではない。本来区別して考えるべき記憶の種類が混在したままの場合がある。
 以前に私が行った研究で着目したのは一時的な記憶の中での項目の記憶と順序の記憶である。いくつかの単語が1つずつモニタに示されて,単語とそれらの順序を覚える場面を想像してほしい。その単語を覚えた順に答えるとなると,単語そのもの(項目とよぶ)とそれらの順序を覚えておかねばらならない。これは系列再生課題といって,研究しやすいように記憶するという状況を単純化したテストの一つである。項目の記憶と順序の記憶を区別してみたら?項目と順序の記憶が独立した別の処理システムを持つとする見解はこれまでにあるものの(Bjork & Healy, 1974; 都賀・星野,2012; 都賀・毛留・星野,2010),短期記憶と長期記憶の機能的区分が必要かどうかの議論の俎上に載ってはいなかった。
 いくつかの実験を行って,順序の記憶については,ごく短時間しか使えない音韻情報に依存したしくみとそれよりかは長時間使える音以外の何かの情報に依存したしくみの最低でも二種を想定しなければ説明しえない結果が示された(都賀・星野,2015)。項目の記憶についてはこの点は明確ではない。それゆえに,しかしひとまず,順序の記憶には短期記憶と長期記憶の機能的区分を想定した方がよいと考えられる。

記憶のしくみは心のしくみの一端である

 記憶を分けること以外にも,区分された記憶が実は背景で同じしくみを介している可能性や,それらがどのように関連しているのかの検討も重要である。さらに言うと,関連性については記憶とだけに限定しないほうがよい。近年の記憶研究の飛躍的な進歩は,ただ情報を保持するだけの短期記憶から,推論や言語理解や学習などの認知的情報処理との関連を強調した作動記憶(Baddeley 2012; Baddeley & Hitch, 1974)への捉えなおしを経てのことである。本記憶プロジェクトでも作動記憶に影響をおよぼす要因に着目している。記憶は心のさまざまなはたらきと関連するのである。
 記憶のしくみ,ひいては心のしくみを理解するのはなかなかに時間と労力をともなう。今日の科学の進歩は目覚ましい。100年後か200年後だかこの先に,わからぬものは心理ばかりなりとならぬよう,その一端としての記憶のしくみを少しでも明らかにできればと思う。

引用文献

  • Atkinson, R. C., & Shiffrin, R. M. (1968). Human memory: A proposed system and its control processes. In K. W. Spence, & J. T. Spence (Eds.), The psychology of learning and motivation: Advances in research and theory. Vol. 2. New York: Academic Press. pp. 89-195.
  • Baddeley, A. D. (2012). Working memory: Theories, models, and contoversies. Annual Review of Psychology, 63, 1-29.
  • Baddeley, A. D., Hitch G. J. (1974). Working memory. In G. A. Bower (Ed.), The psychology of learning and motivation: Advances in research and theory Vol. 8. New York: Academic Press, pp. 47–89.
  • Bjork, E. L., & Healy, A. F. (1974). Short-term order and item retention. Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior, 13, 80-97.
  • Russo, R., & Grammatopoulou, N. (2003). Word length and articulatory suppression affect short-term and long-term recall tasks. Memory & Cognition, 31, 728-737.
  • 都賀美有紀・星野祐司 (2012). 順序記憶の短期的保持における語長効果:項目と順序の符号化におけるトレードオフ仮説に関する検討 基礎心理学研究,31,12-23.
  • 都賀美有紀・星野祐司 (2015). 順序の再構成課題における学習直後と遅延後の語長効果 認知心理学研究,12,121-128.
  • 都賀美有紀・毛留幸代・星野祐司 (2010). 音韻情報の記憶が高齢者における順序の短期記憶に及ぼす影響 立命館人間科学研究,21,57-66.

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