FROM FOREIGN RESEARCHER

呂 暁彤 氏
 「中国の自閉症児教育および日本からの支援」

 中国に自閉症(中国語では「孤独症」)の概念が導入されたのは20数年前の事である。1982年に南京児童心理衛生研究センターの陶国泰教授が自閉症児と最初に診断したことに端を発するが、それ以降の中国における自閉症児の研究や療育・保育・教育・福祉の進展はほとんどなく、現在の状況は日本や欧米先進国に比して大きく立ち遅れている。
 研究に関しても、中国唯一の特殊教育・障害児教育の学術誌である中央教育科学研究所『中国特殊教育』において、1994年の創刊から2004年までの通巻45号で自閉症関係論文は僅かに11件しか掲載されておらず(療育・教育の実践報告5件、訓練方法の紹介5件など)、同様に中国の大学において最初に特殊教育専攻を開設した北京師範大学の研究紀要『特殊教育研究』(1992年創刊、2002年停刊。年4回刊行)においても自閉症関係論文は僅かに8件という状況である。
 中国の法律には自閉症を障害として認められていない。自閉症者における人数については政府統計などが全くないので不明であるが、関係者の間では国内の自閉症児者数は40万、60万から90万、180万人など根拠を明確に示すことなく語られることが多い。しかし、この数字はあまりに少ないといわざるを得ない。自閉症の発病率は「せまい意味で(典型的な)自閉症は、児童1,000人に約3人いるといわれ、広汎性発達障害(PDD)あるいは自閉症スペクトラム障害(ASD)も含めると、児童100人に約1人」といわれている(日本自閉症児協会(2004)『自閉症の手引き』、p.5)、それにしたがえば人口13億以上の中国(2004年末中国国家統計局発表)では、自閉症スペクトラムの障害児者は1300万人以上(うち典型的な自閉症児者は390万人以上)となる。参考のために中国障害別障害者人数を表1で示した。

表1.中国障害者人数・障害別分類表

障害別
1987年(万人) 2006年(万人)
総人口数 107,233 130,948
障害者人数(2) 5,164(4.90%) 8,296(6.34%)
聴覚障害

1,770(1)

2,004

言語障害   127
知的障害 1,017 554
身体障害 755 2,412
視覚障害 755 1,233
精神障害 194 614
重複障害 673 1,352
入学率 6% 76%
注(1)聴覚障害と言語障害の合計、1987年当時一つ障害になっている。
注(2)全国総人口数は香港、マカオ、台湾を含まれていない。
注(3)中国障害者人口調査は1987年と2006年に2回しか行なっていない。

 このように中国においては膨大な自閉症児者を有しながらも、彼らの療育・保育・教育・福祉に関わる行政の施策・システムはほぼ皆無である。中国自閉症児教育を最初に行なったのは1993年に創設された北京星星雨教育研究所である。ここは2000年までに唯一の民間自閉症児教育期間として、中国の自閉症児療育を引率している。中国の自閉症教育とくに自閉症児の早期療育・就学前教育は民間の療育施設に頼っているのが現状である。近年中国全土において民間自閉症児療育施設の開設が急増している。施設の数が不安定であるが(施設を開設し、一年も持たずにすぐ閉鎖する所が多々ある)、現在は約50ヵ所以上にあると考えられる。公的自閉症児療育機関は2006年から出始めた。
 筆者はこれまで、親や施設のスタッフ、施設のニーズを調査してきたが、親はわが子の就学先・将来、補助金の受給などが最も高いニーズで、スタッフ達は専門性や教師としての認定と待遇を強く求めている。施設としては、施設の場所の確保、国の援助などが高いニーズであった。そのほか、医療診断による自閉症児の判定も高いニーズである。中国本土における自閉症に対する概念の認識が極めて低いという現段階で、ある程度に専門的に自閉症児の判定が出来るところは僅か13ヵ所である。
 中国の自閉症児療育状況を改善するに対して、外的、とりわけ日本による民間自閉症療育機間への支援が2002年から盛んできた。主に以下の民間団体によって行なわれている。
 2002年から日本ポーテージ協会(会長:山口薫)は、講師を派遣し、ポーテージ早期療育システム講習会を開き、中国ポーテージ協会の設立に支援しつつである。
 朝日新聞厚生文化事業団、2004年から中国自閉症児教育にかかわりはじめ、専門家によるセミナーなどを開催した。昨年11月の訪問により、中国自閉症児教育支援プロジェクトを予定している(2007年より1年間)。
 岐阜社会福祉法人美谷会は2004年から北京星星雨教育研究所への支援を開始し、中国からの研修生を受け入り、講習会の招待会などを行なってきた。2005年夏に姉妹施設として正式な支援をスタートしている。岐阜日中美谷福祉協会(会長:井上和寛)は、2005年に設立され、中国における自閉症児施設との交流を頻繁に行い、中国から研修生の受け入りなど支えている。
 また太田ステージ研究会(会長:太田昌孝)は、日本における自閉症児療育の到達点を講習会に通して中国に紹介し、太田ステージを実践的に使用している。

 このように、日中自閉症児療育において草の根レベルの交流を推進され、2006年に上記関係団体を協力し合い、JICA(日本国際協力機関)の国際草の根支援項目「タイトル:中国自閉症児・者療育支援プロジェクト」を申請している。中国における自閉症療育の支援は、民間交流から政府交流への転機を期待しているところである。
「中国自閉症児・者療育支援プロジェクト」の申請者は筆者である。筆者は1997から中国自閉症療育研究を専攻し、長い間中国の自閉症児療育支援プロジェクトのコーディネーターとして活動してきた。2005年3月に、「日本中国発達支援協会」を設立し、中国の自閉症児療育を支援してきた。2006年11月に中国側特殊教育関係者の支援を得て、実家である中国河北省秦皇島市で中国に(出来ればすべての自閉症者)おける自閉症児・者の療育システムの開発および試みについて、実践展開を行うことの合意を得ている。
中国河北省秦皇島市は人口275.82万人、北京から280キロと離れ、有名な観光・避暑地として知られている。プロジェクトの主に関係者秦皇島特殊学校(校長:田学峰)は、中国における特殊学校のモデル学校であり、校舎の環境や設備なども新型である。中国本土における特殊学校のネットワークを持っていて、新しい技術や知識の開発や普及にふさわしい条件を持っている。特に人文環境には、小さい町で人情が素朴であるため、プロジェクトの一環として自閉症児・者の地域復帰に適切であると考えられる。
在日中国自閉症児療育研究者として、筆者が日本における自閉症児療育システムの是非をみてきた。日本における自閉症療育研究者が先進国の専門知識を受け入れ、現場の職員達が積極的に臨床へ応用しようとしている。しかし、どちらも各種の療育システムを融合が怠慢している気がする。結果として、50年が経っても日本がオリジナルなシステムがないのである。このプロジェクトは日本から専門家を派遣し、臨床指導を受ける。知識の普及とともに、中国に相応しいシステムの開発と実践を行な、また翻って、日本においても地域ぐるみの自閉症児療育システム展開の参照になることを期待している。