FROM INSIDE

サトウ タツヤ 氏
 「学融のためのモード論。臨床人間科学を目指して」


 立命館大学・人間科学研究所が行っているオープンリサーチセンター整備事業「臨床人間科学の構築」にはいくつかの目的や意義がある。
  その一つに、現場と研究の協働ということがある。このようなことは誰でも考えつくしスローガンとしては何度も言われていることだが、なかなかうまくいかない。私が考えるには、メタ学問的方法論が少ないことが理由だと思う。個々の学問に方法論が必要なように、協働のための方法論も必要なのではないだろうか。
  現場と研究の協働に役立つ理論にモード論がある。モード論は科学社会学者・ギボンスらによって提案されたもので(Gibbons, 1994)、日本語では小林,(1996)や佐藤(2001)による紹介を読むことができる。
モード論では、学問的な活動を研究と実践のように分けることなく、全てを「知識生産」活動とする。
基礎と応用という語に変えて学範内好奇心駆動によるモードⅠと社会内関心駆動型によるモードⅡという語をもちいる。

表1 モード論における2つのモード
モードⅠ・・学範関心駆動型
モードⅡ・・社会関心駆動型

 学問は一つの社会であり、その中で蓄積されている知識や興味が研究を推進することは否定できない。これがモードⅠである。一方で、社会的な問題を扱うと低く見られることが多かった。しかし、自分の学範(discipline:ディシプリン)以外の関心によって行われる知識生産活動もあり得るのである。それこそがモードⅡである。基礎と応用を言い換えただけではないのか?という疑問も出てくるかもしれないが、基礎・応用という言葉のニュアンスに優劣が染みついてしまっているのだから、それを取り払う必要がある。
  モードⅡは学融に結びつく。これは「Trans-disciplinary」という語の訳として提唱したものである。わざわざ学融などという語を作らなくても学際という語が既にあるではないか、と思う人もいると思う。しかし、学際と学融とでは大きく違う。学際は「Inter-disciplinary」の訳である。様々な学範(discipline:ディシプリン)があくまで自分の学範のやり方(パラダイム)に沿ってバラバラに行い、最後にまとめとして一緒に発表して成果を共有する、その程度の関わり方が学際研究のイメージである。一方、学融は解決すべき問題について様々な学範が一緒に解決を目指し解(solution)を共有するスタイルである。
  臨床人間科学のような新しい分野、社会問題と密接に関係する分野が、これまでの学範の知的財産を継承しつつ新しく立ち上がっていくには、何よりもモード論のような方法論に敏感になり、その智慧に学ぶ必要があると考えられるのである。

 本家の科学社会学では既に下火となっている議論であるようだが、臨床人間科学のように新しい構想を作ったり、人文・社会科学と社会の関係を考えるためには、今こそむしろ有用である。筆者は2005年11月に行われた第二回日韓人文社会フォーラムにおいてモード論の説明を行ったが、韓国の人文社会系の学者たちからも好意をもって迎えられたことを紹介しておきたい。
このファイブアットザコーナーは、日中韓英の4つの言語で提供される。臨床人間科学ともどもモード論についてもかわいがっていただきたい。
 ギボンス編著(小林信一他訳) 1997 現代社会と知の創造 丸善ライブラリー (Gibbons, M. et al., 1994 The New Production of Knowledge: The Dynamics of Science and Research in Contemporary Societies. SAGE Publication.)
小林信一 1996 モード論と科学技術の脱-制度化 現代思想、24(6)、254-264。
サトウタツヤ 2001 モード論:その意義と対人援助科学領域への拡張 立命館人間科学研究、2、3-9。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/hs/hs/publication/files/NINGEN_2/02_003-009.pdf