えっせい

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より
「悲しき天使」

筆者: 高橋 正人   執筆: 2004年 月

産業社会学部教授[br]高橋 正人 先日、通りすがりのレコード屋 さんのワゴンセールで懐かしのポップスCDを買った。収録曲はみな古くて、今から30年以上も昔の曲ばかりだ。「悲しき天使」、「悲しき雨音」、「悲しき 16才」とやたらと「悲しき〜」といったタイトルが多い。「悲しい」が流行りだったのだなぁと思う。聴いて実に懐かしい。歌の懐かしさは、その歌の良し悪 しを打ち消す力がある。出来が悪い曲だって、聴いている本人が懐かしければ、それだけで十分に価値がある。懐かしい歌が脳の奥に沁みこんでいって、凍った 脳細胞がじんわりと解け、その歌を聴いていた当時の場面がありありと再現されていく。その時の恍惚感がたまらない。

 今の日本の歌は昔に比べると「かなしさ」が薄くなったと感じる。カーステレオでチョッとマイナーな曲を流すと、同乗のこどもに「暗い、重たい、イヤだぁ」 と拒絶されて、すぐに飛ばされてしまう。明るく楽しい調子でなければ好まれない。これは今の若い人たちに共通の傾向ではないか。

 私は大学で「老年社会学」や「老人福祉論」の講義を担当するが、制度の話はともかく、高齢期の現実を踏まえた話をすると、結局「かなしい」話になってしま う。「老い」に関する話は、今の日本ではどうしても「暗くて重くて」、「かなしい」話になってしまわざるを得ない。大学生たちは大体が「明るくて可愛い」 子どもの話の方が、老人に関する話よりも好きである。私の「老年社会学」や「老人福祉論」などは若い学生諸君には好まれていない気がする。

 実は私は「かなしい」歌だけでなく、「かなしい」話が大好きだ。だから「かなしい」老人福祉の講義は、私には楽しい仕事である。なぜ私は「かなしい」歌や話が好きなのか。そんなことは誰にも言ったことがない。誰かわかってくれるだろうか・・・。

 このところ、テレビで韓国ドラマを楽しんでいる。日本のドラマにはない魅力を感じて、結構回を重ねてみている。最近では、「冬のソナタ」、「美しき日々」 がいい。これらのドラマは日本の女性に大いに受けて、ロケ地の観光パック旅行も登場した。ペ・ヨンジュン、イ・ビョンホンといった二枚目男優が登場する韓 国のイベントには、日本から1000人近い女性ファンが駆けつける。

 私 が韓国ドラマに最も魅力を感じるのはヒロインが「泣く」場面だ。ヒロインが周囲の人たちの心にやさしく向き合い、自分の心を真っ直ぐに見つめ、そのことに よって、あるいはそれでも、互いの心がすれ違う。そのどうしようもない切なさを感じて、しずかに泣く。こんな場面は今の日本のドラマには見られない。「冬 のソナタ」では雪の降るシーンが多いが、空から舞い降りる雪は冬空がこぼす涙のようでもあり、ヒロインが泣いて流す涙は白い雪の結晶のようにも見える。白 い雪と澄んだ涙が美しい。その美しさは見ている者の心をきれいに洗い流してくれる。私にはこの雪の白さ、澄んだ涙がかなしい。かなしいことは美しい。

 テレビでニュースをみると、毎日どこかで、かなしい事が起きている。でもかなしいニュースが瞬時に切り替わって、突然コマーシャル。明るさアップ、音量 アップで明るく元気なコマーシャルが映し出される。直前にはかなしい報道があったばかりなのに。これは全くクレージーだ。まともな神経はどこかに行ってし まいそうだ。一つ一つのニュースにかなしんでなんかいられない。かなしみを感じることは弱くて暗くていけないことのようについつい思ってしまいそうだ。空 から雪が降るように、かなしいと感じることも自然なことなのに。

 今、一人でパソコンに向き合ってこの文章を書いているが、パソコンからは「悲しき天使」のメロディが流れている。インターネットのサイトには懐かしい曲が 聴けるものがたくさんあって、CDなどをもっていなくても、パソコンから曲が流すことができる。できれば、この私の文章に「悲しき天使」のメロディを添え ることができればと思う。そうすればメロディを聴いてもらいながら文章を読んでもらえるのに。残念。

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