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「5年後の「チェンジ。」(リノ通信・いきなり最終回)」

筆者: 武藤 崇   執筆: 2007年 月

文学部 武藤 准教授 「チェンジ。」… それはいつも、あなたの身近に起こるべきもの。そして、起こすべきもの。たとえ、それに、時間が掛かろうとも、何度でもトライし、バトンを手渡していくべきもの。

 まさか、5年後、同じタイトルで「えっせい」を書こうとは夢にも思いませんでした。今回の「チェンジ。」は、アメリカのお話…

 ちょうど今(2008年3月現在)、アメリカの大統領における各党の予備選のまっただ中。そうです、この「チェンジ。」は、ご存じ、民主党の大統領候補に名乗りを上げているオバマ上院議員のキャッチ・フレーズです。

 すでに、共和党をそっちのけで、ヒラリー候補か、オバマ候補が大統領になるかような報道のなされようです。いずれにせよ「アメリカ初の『女性』大統領」か「アメリカ初の『黒人』大統領」なのですから「チェンジ。」は、確かにアメリカでも起こりつつあるようです。

 では、私の身の回りのアメリカ(ネバダ州リノのS.C.ヘイズ研究室)にも、その「チェンジ。」は、果たしてあるのか? 驚くことなかれ、この研究室では、日本で導入されつつあるような、アメリカの専売特許「競争社会・成果主義」を「チェンジ。」していかないとね、という方向性なのです(ただし、行動パターンは、「競争・成果」なんですが…)。その理由は、「この世の中は、限りがあるんだ。限りがある中で、いろんな人と仲良くやっていかないとね」ということに、やっと実質的に気づき始めたからのようです(サブプライム・ローン問題やら、イラク・アフガン問題やらも関係していそうですが)。そろそろ「アメリカ帝国主義」路線は止めにして、実質的な「共存共栄」&「事、足るを知る」で、いきましょうと… その第一歩が、マインドフルネス&アクセプタンス。何でも、かんでも力業でコントロールしようとしないで、「受け流す」ところは「受け流して」、「受け容れる」ところは「受け容れて」ということのようです(なんてことはない… 有り体に言えば、アメリカの「日本化」です)。

 では、日本の「チェンジ。」は、何なのでしょう? もちろん、マインドフルネス&アクセプタンスを再導入ということでは「ない」はずです(「火付け役」の張本人と目される私が言うのですから…)。それでは、いったい何なのか? それは、日本を「言語化(ただし、国際的にも通用するような)」していくことだと考えています。もちろん、日本には「秘すれば花」といった言語化を嫌う風潮があり、言語化していくことは野暮なことで「粋」ではないという心情的傾向があります(もちろん、私自身にも、その傾向が少なからずにあるのだ、ということをアメリカに来て思い至りました…)。しかし、日本型のコミュニティが崩壊しつつある昨今、言語コミュニケーション技術・能力の改善や向上こそ、日本を「チェンジ。」し、日本の文化的メリットを世界の「チェンジ。」に活かすためにも、必要なのではなかろうかと考えています(もしかすると、その言語化の方法は、アメリカ型の方法ではないかもしれません)。それは、単に英語の実質的な運用能力の改善や向上ということではなく、身近な異文化(異職種同士でも)との連携と融合の際に必要な「言語的な『土俵』づくり」から始まることではないかと改めて考えるようになりました。

 そういった意味からも、この対人援助学で志向(試行)されている「連携と融合」のための共通言語の開発は、お世辞や自画自賛を抜きにしても、日本国内では類を見ない「チェンジ。」のための野心的な活動の一つなの(地味ですが)かもしれません。

「チェンジ。」… それはいつも、あなたの身近に起こるべきもの。そして、起こすべきもの。たとえ、それに、時間が掛かろうとも、何度でもトライし、バトンを手渡していくべきもの。

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