えっせい

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より
「チェンジ。」

筆者: 武藤 崇   執筆: 2004年 月

文学部 武藤  「あ,やられた!」と思ったが,もう遅かった。手渡されたメガネをかけると,鏡の前には見慣れない「自分」がいた。店員への注文は「前回と同じ長さで」だったはずだ。これでは「ランダムなスポーツ刈り」だ。誰もソリマチタカシやカシワバラタカシにしてほしいなどと大それたことを言った覚えはない。他でもない,見慣れたムトウタカシにしてほしかっただけなの...

 私 にとって,散髪屋とは「過不足のないサービス」を享受するのがいかに難しいかを痛感させられる場所なのだ。どうも,私の「髪質」,「髪の流れ」,「頭の 形」,この3つの組み合わせが「散髪屋泣かせ」らしい(といっても希望する髪型はごく普通で,中学生の校則で決められているかようなもの)。そのため,初 回入店時には,「カクカク,シカジカ」と必ず説明することにしている。

 だが,ここ京都に移ってからと いうもの,それが有効に機能した試しは一度もない。同一店舗内でも「引き継ぎ」が行われない,切り手の好みや技術の不足(としか言いようがない)に巧みな 話術で摺り合わせられてしまうなど当たり前。「これでよろしいでしょうか」と終了直前に言われるセリフは「お疲れ様でした」とほぼ同義。店員も「もう少し 長くしてほしい」という答えなど予想だにしていない。「注文の多い料理店」ならいざ知らず「説得や言い訳の多い散髪店」なんて!

 かくして,散髪屋をめぐる流浪の旅はつづくのであった。あぁ,短く刈られた頭に,今日も雪が冷たい...

(写真は「見慣れたVer.」を掲載)

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