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プランニングと順序記憶に関する研究より
「脳の活動を測ると何がわかるのか」

筆者: 肥後克己(立命館グローバル・イノベーション研究機構専門研究員)   執筆: 2017年 11月

 近年,医学・心理学・工学・経済学など,様々な分野の研究で脳活動計測が行われるようになっています(「経済学?」と思った方は,「神経経済学」「行動経済学」といった言葉で調べてみてください)。筆者の専門である認知心理学という分野でも,現在は脳活動計測が研究手法の一つとして重要な位置を占めています。では,脳の活動を測るといったい何がわかるのでしょうか?

脳について知ることができる

 当たり前ですが,まずは「脳について知ること」ができます。例えば,「言葉を話すときにはブローカ野と呼ばれる部位が活動する」「海馬は記憶の定着に重要な役割を果たしている」といったことです。また,病気や加齢によって脳の活動がどのように変化するかを調べることもできます(横山・渡邉,2007,pp116-119; pp124-129)。
 これらの知見は,病気や外傷などによって脳を損傷した患者さんに対する治療やリハビリ方法の考案などの臨床応用につながります。あくまで個人的な見解ですが,現在の心理学者による脳活動計測を用いた研究の多くは,こちらを目的としていると考えられます。

心理学と脳活動計測

 脳活動を計測するもう一つの目的は,「心」について知ることです。ここで言う「心」には,一般的にイメージされる「感情」というような意味の他に,ものを憶えること,考えること,計算すること,といった知的機能も含まれます。認知心理学は,行動実験という手法を用いて人間の知的機能の仕組みを解明する学問です。例えば,無意味な単語(「タセ」など)よりも有意味な単語(「タケ」など)の方が憶えやすい,という実験結果から,言葉を記憶する際には音の情報だけではなく意味情報も用いられている,ということがわかります。
 では,脳の活動を測ることが,なぜ心の働きを明らかにすることにつながるのでしょうか?それは,脳の活動を測ることで,外から見ているだけではわからない,頭の中で行われている情報処理を知る手がかりを得られるからです。ここでは,近赤外分光法(NIRS)と呼ばれる脳活動計測手法を例として説明します。NIRSは,実験に取り組んでいる一連の流れの中で,脳が「いつ」活動したのかを知るのに適した手法です。
 例えば,図形パズルを解いている際の脳活動を計測した実験があります(岡本, 2008)。この実験では,実験参加者さんが,何度かヒントを与えられながら3分ほどかけて図形パズルを解いている間の脳活動を計測しています。行動実験で得られるデータは,図形パズルの正解率や所要時間などの最終的な結果だけです。しかし,脳活動計測を行えば,パズルを解いている3分間の中での参加者さんの脳の活動の変化が見られます。その脳活動データは,ヒントが有効であったかどうか,ヒントを与えられることによって実験参加者さんの問題に対する取り組み方が変化したのか否かを知る手がかりとなります。
 また,思考による負担が大きいほど,つまり簡単に言えば頭を使うほど脳の活動は大きくなるとされます。このことから,脳活動は,人がどれだけある行動や思考に難しさを感じているかを知る手がかりにもなり得ます(黒田, 2005)。例えばいくつかの問題を解いたときに,どれが一番難しかったかを言葉で説明するのは意外と難しいものですが,脳の活動を調べることで,どういう問題がどの程度難しかったのかを知る手がかりとなります。

脳の活動だけを見てもあまり意味はない

 気を付けなければいけないのは,脳活動計測は,「脳の活動だけを見ていればよい」というものではないという点です。脳は複雑な働きをする器官ですので,脳活動だけではその人が何を感じているのか,何を考えているのか等を知ることはできないのです。上で紹介した2つの研究でも,実験参加者さんに,ヒントの呈示は有効であったか否か,どの問題が難しかったかといったことを直接質問しています。脳活動データは,それ以外のデータと併せて初めて意味を持つと言えるでしょう。

脳の活動を測らなくてもわかることはたくさんある

 もちろん,脳の活動を測らなくてもわかることもたくさんあります。例えば,「人間は単語をいくつ憶えることができるのか」といった記憶の特性や,「言葉を憶える際には,音だけではなく意味情報も用いられている」といったような記憶の仕組みは,実験を上手に組み立てれば,脳の活動を測らなくても調べることができます。むしろこれらのことは,脳の活動を測っただけでは調べることはできないとも言えるでしょう。脳活動計測は一見すると万能な方法に見えますが,脳の活動を計測しただけではわからないことも多いのです。脳活動計測は万能ではありませんが,行動実験やアンケートなど他の手法と組み合わせることで真価を発揮する強力なツールであると言えるでしょう。

引用文献

  • 黒田恭史 (2006). 計算課題遂行時の脳内ヘモグロビン濃度変化の特徴 教育学部論集, 16, 37-50.
  • 岡本尚子 (2008). 学習時のヒント提示がもたらす脳内ヘモグロビン濃度変化の特徴 大阪大学教育学年報, 13, 43-54.
  • 横山詔一・渡邉正孝 (2007). キーワード心理学シリーズ3 記憶・思考・脳 新曜社.

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