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インクルーシブ社会に向けた支援の<学=実>連環型研究より
「インクルーシブ社会にむけた『結び目』作りの可能性」

筆者: 稲葉光行 (政策科学部教授)   執筆: 2017年 2月

はじめに

 2013年に始まった「インクルーシブ社会に向けた支援の<学=実>連環型研究」プロジェクト(以下、「インクルーシブ社会」プロジェクト)では、学(研究者)と実(実践家・実務家)が協働することで、様々な立場に置かれた人々が、社会的活動への正統的な参加者として位置づけられるための支援の提供に関する実践研究を展開してきた。そして2015年11月には同プロジェクトの総括シンポジウムが行われた。
 このシンポジウムの報告で筆者が注目したのは、同プロジェクト内の各チームが、対人支援における課題の解決に取り組む過程で、「学と実」の連携はもちろん、学術領域を超えた研究者同士の結び目(学と学)、そして実践の場を超えた専門家同士の結び目(実と実)、さらに学・実・市民の間の結び目を広げていったということである。このような、越境的で柔軟性のある結び目(knot)を作る活動を、Engeström ら(2013)は、「ノットワーキング(knot-working)」と名づけている。

ノットワーキングとしての<学=実>連環型研究

 山住(2008)は、ノットワーキングは、「現場での差し迫った必要から生成される」とする。

ノットワーキングは人々の現場での差し迫った必要から生成される。それゆえ、人々が越境のパフォーマンスへ動いていく現実的な力の即興と持続をそこに見い出すことができるはずである。ノットワーキングという水平的運動は、人々の拡張的なつながり合いを脈打たせるのだ。(49~50頁)

 実践の現場では、さまざまな「差し迫った必要性」が次々と生まれており、問題解決のために越境的な「結び目」作りの活動を展開することは自然なことである。しかし伝統的な「研究」の世界では、領域毎に用語も方法も異なるため、領域を超えた結び目作りを行うことは容易なことではない。その中で「インクルーシブ社会」プロジェクトでは、実践現場の差し迫った課題を中心に据えて、その解決のために実務家や研究者が結び目を作っていくというかつ度に取り組み、一定の成果を挙げてきたと考えている。

新たなノットワーキングの事例~日本版イノセンス・プロジェクト

 筆者らは、「インクルーシブ社会」プロジェクトを基盤とし、えん罪被害の救済という現場の問題解決のための新たなノットワーキングとして、2016年4月に日本版イノセンス・プロジェクトを立ち上げた。これまでに、弁護士、法学者、法科学者、情報学者などからの協力が得られている。
 筆者の専門は情報科学であるが、日本の刑事司法制度に関して疑問を持ち、えん罪被害者救済のためのノットワーキングを始めようと思ったきっかけは、いくつかの冤罪事件において、供述分析や司法判断の検証に関わったことであった。弁護団からの鑑定依頼に基づいて、心理学者と共に被告側や原告側の供述を分析し、様々な証拠に関して法科学者らに話を聞いていく過程で、法曹三者や裁判員がより公正・公平な司法判断を行うためには、現在の裁判の仕組み以上に、様々な分野の科学者が連携し、積極的な司法判断支援を行うことが重要であるという考えを持つに至った。

海外でのイノセンス・プロジェクトの調査

 筆者らは、司法判断や冤罪被害者支援のために、様々な分野の専門家が連携している実態を調査するため、ニューヨーク、サン・ディエゴ、そして台湾のイノセンス・プロジェクトを訪問し、聞き取り調査や日本でのイノセンス・プロジェクトの開始に向けた意見交換を行った。
 3つのプロジェクトはそれぞれ歴史的背景や体制が異なっているが、えん罪事件の検証や冤罪被害者の救済という課題にむけて、DNA鑑定の専門家などの科学者や心理学者なども含めて多様な分野の専門家のネットワークを構築しているという点が共通している。このような専門家のネットワークという発想は、日本版イノセンス・プロジェクトの体制を考える上での重要な示唆を与えるものであった。

日本版インセンス・プロジェクトの現状と今後

 筆者らは、立命館大学内に日本版イノセンス・プロジェクト準備室を学内に設置し、司法実務家に加え、法科学者、心理学者、情報学者など、冤罪救済のための専門家ネットワークの構築を開始した。そして2016年4月には、日本版イノセンス・プロジェクト(冤罪救済センター)を正式に発足させた。米国や台湾のイノセンス・プロジェクトとの国際的な連携体制も進みつつある。
 このように、日本版イノセンス・プロジェクトは、「インクルーシブ社会」プロジェクトが目指した「支援を必要とする人々のための専門家によるノットワーキング」の実践の場として活動を展開しつつある。もちろん、異なる専門用語を用いる専門家同士の連携は決して容易ではなく、また現行の司法制度と、純粋な科学的思考とは思想や価値観が異なっている部分もある。ただ、様々な矛盾や葛藤を克服するために手続きや制度の問題点を指摘し、それらを拡張・改善するための努力を続けることが重要であると考えている。日本版イノセンス・プロジェクトにおけるノットワーキングが、社会全体としての「拡張による学習」(Engeström, et al., 1999)を促し、より公正・公平な司法の実現に貢献することができればと考えている。

参考文献

  • Engeström, Y., 山住勝広, 松下佳代, et al. (1999). 拡張による学習 : 活動理論からのアプローチ. 新曜社.
  • 山住勝広, & Engeström, Y. (2008). ノットワーキング : 結び合う人間活動の創造へ. 新曜社.
  • Engeström, Y., 山住勝広, 山住勝利, & 蓮見二郎. (2013). ノットワークする活動理論 : チームから結び目へ. 新曜社.

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