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学融的な人間科学の構築と科学的根拠に基づく対人援助の再編成より
「親からの期待が与える影響の多様性:複線径路・等至性アプローチ(TEA)と関連させて」

筆者: 春日秀朗(立命館大学文学部助手)   執筆: 2016年 10月

親からの期待がもたらす影響

 誰かに対する期待というものは,肯定的な意味合いで用いられることが多い。他者から期待されるということは,その人に関心を持たれているということであり,それは励みとなり,高い水準での課題達成へと繋がる。特に親からの期待は子どもにとって重要な意味を持ちうる。親がよせる期待は,子どもにとって「このようにすればよい」という指針になり,その期待に沿うことで親や教師など期待する側から褒められるなどの肯定的な反応を引出すことができる。そうして相手の態度がさらに意欲を高めるといったように,肯定的なスパイラルとなることも確かである。しかし,1990年代後半あたりから,期待がもたらす否定的な影響にも注目されるようになった。子どもは基本的に親からの期待に応えようとする。期待が子どもにとって過剰である,または意に反する期待に従うことを強制されていると感じることは,子どもにとって強い負担となり,葛藤を生じる。また,期待に応えることを優先するあまり自分の目標を見失ってしまったり,自分を抑え込んでしまうようになるなどの形で現れる。このように肯定的・否定的な影響の両方が指摘されており,期待が子どもに影響を与えるメカニズムが複雑である事がうかがえる。

期待の認知形態による影響の違い

 どのような要因が肯定的・否定的な影響を分けるのか。一般的には,高すぎる期待が子どもにネガティブな影響を与えると考えられているが,それだけではないだろう。例えば春日・宇都宮・サトウ(2014)では,大学生をこれまでどのような期待をどのように感じたのかによってグループに分け,親からの期待に対して抱いた感情や選択した行動といった反応様式が自己抑制的な性格や生活満足感に与える影響にどのような差が見られるのか検討している。反応様式は期待に対する肯定的なものと否定的なもの,また親への反発心の3つを用いた。
 その結果,多くのグループで負担反応は自己抑制的な性格を高め,それらが生活満足感を低めるという影響が見られた。しかし,期待をバランスよく認知していた群においてのみ,自己抑制的な性格が生活満足感を高める影響が見られた。より詳細に見ていくと,このグループは期待されて励みと感じ,積極的に応えようとしてきた特徴を持っていた。このような特徴は,物事を高い水準で達成できる傾向があることが報告されている。負担感を感じながらも努力し,自己を抑制してでも結果を得てきたことが肯定的な影響をもたらしていると考えられる。
 もちろん,このような結果がみられたからと言って負担感を感じる期待を強制されることや自己抑制的な性格が,必ずしも肯定されるわけではない。春日・宇都宮・サトウ(2014)や多くの先行研究で否定的な影響が指摘されていることは先述の通りである。しかし,負担を生むから,自己を抑制させてしまうからといってそれが否定的な結果をもたらすとも限らない多様性を持つことが示唆された。つまり,一見するとネガティブな結果を抑制するためだけでなく,その結果を次につなげる,肯定的なものへと変換するためのアプローチもまた検討される必要があるのではないか。

多様性を描くこと:複線径路等至性アプローチ(TEA)

図1:TEA(TEM)による発達における等至性の表現(サトウ,2009) 親からの期待を例に挙げたが,人の行動,心理的活動には同じものからスタートしても多様な異なる径路に分岐する(複線径路)ものも多く,さらには分岐した先でも様々なプロセスを経て同じ(類似性のある)結果に到達しうる(等至性)。例えば上記の例は,負担や自己を抑制することを受け入れた結果として生活満足感が高まったと考えられるが,逆に負担に反発し,自己主張することにより期待や親との関係を調整し,肯定的な結果とすることで満足感が高まるといった径路も考えられる。
 そのような複線性や等至性といったものに注目し,変化のプロセスについて質的に研究する方法が,複線径路等至性モデリング(Trajectory Equifinality Modeling: TEM)であり,その発展である複線径路等至性アプローチ(Trajectory Equifinality Approach: TEA)である(安田・滑田・福田・サトウ, 2015)(図1)。研究者がテーマとする経験をした人に,彼らが非可逆的な時間の中で,何をどのように経験したのかを語ってもらう。そこからは,彼らの全てに共通する必須通過点ともいえる経験や,様々な径路への分岐を新たに見出すことができるかもしれない。新たに見出されたそれらは,新しいリサーチ・クエスチョンとして研究の進展に繋がる。さらには,目的に至るまでのプロセスの中で,現在がどこに位置し,今後どのような出来事が考えられ,どのように対処すればよいのかを示すことで,実践の現場におけるサポートを行うための知見を提供することも可能であると考えられ,さらなる発展と精緻化が期待される。

引用文献

  • 春日秀朗・宇都宮 博・サトウタツヤ. (2014). 親の期待認知が大学生の自己抑制型行動特性及び生活満足感へ与える影響:期待に対する反応様式に注目して.発達心理学研究, 25, 121-132.
  • サトウタツヤ. (2009). TEMではじめる質的研究:時間とプロセスを扱う研究を目指して. 誠信書房.
  • 安田裕子・滑田明暢・福田茉莉・サトウタツヤ (編). (2015). ワードマップTEA 理論編―複線径路等至性アプローチの基礎を学ぶ.新曜社.

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