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「シドニー大学にて2 トポスへの関心」

筆者: 中村 正   執筆: 2004年 月

産業社会学部教授[br]中村 正筆者は2004年度前期まで学外研究のため一年間シドニー大学に滞在。
昨秋帰国。
本稿は当時現地で執筆されたものである。

 トポスとしての場がもつオーストラリアへの関心の背景には、日本の数倍もある紫外線の量と明るい太陽、5月の紅葉、真夏のクリスマス、日当たりのいい北向き、渦巻きの方向が異なることなどが印象的な自然の姿がある。以前、南半球を上部に置いた「逆さま世界地図」を見たことがあるが、南半球での暮らしは当たり前だと思っている自然観の変更を迫る。しかし時間という点では、シドニーと京都の時差は夏期の最大で2時間でしかない。日付変更線を起点にすれば東半球と西半球という言い方もできる。その東半球を意識してアジアオセアニア地域としてみれば(オーストラレイジアAustralasiaという言葉もあるぐらいだ)、時差の少なさもあり、自然の差異とは別にある種の同時性・連続性を感じることもできる。異なるけれども連続しているという奇妙な位置感覚に日豪の地理的な関係はある。

 もちろんトポスとしての場に向かう関心は、この不思議な不連続の連続という位置関係や人を魅了する過酷で雄大な自然という意味だけではない。その自然を長く生き抜いてきた先住民アボリジニの作り出す場への関心もある。自然の豊かなオーストラリアは、眩い太陽、コバルトブルーの海、赤茶けた大地が織りなす彩りのある昼と、それがゆえに感じる漆黒の暗闇と野性の静寂と恐れとでもいえる畏敬の念を醸し出す夜の対比が印象的である。この間を埋める自然との共生感覚をa way of life、つまり文化として営んでいたアボリジニは、オーストラリア大陸の陰翳を象っているように感じる。多様に繰り広げられるアボリジニの各種の表象がなければ、オーストラリアの深さと広さを捕捉できないのではないかと思うほど、その音楽、色彩、知恵、自然観、宗教など、総じてスピリチュアリティは豊かである。

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