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不定就労者の就労自立支援の確立に向けた心理学的研究プロジェクト就労自立支援センターにおけるフォーラムシアター

筆者: 古賀弥生 (活水女子大学文学部教授) 藤本学 (立命館大学教育開発推進機構准教授) 執筆: 2016年3月

ホームレスの支援

Dramatic Delivery Networkによるフォーラムシアターの一幕  ホームレスの問題は一時期に比べれば表立って語られることは少なくなりましたが、その一方で“ニアホームレス”と呼ばれる人々が増えているのが現状です。そのため、彼ら生活困窮者に対する生活支援や就労支援は、依然として重要な課題であることに変わりはありません。就労支援センターでは、就労の意欲と能力がある生活困窮者に住居と職業訓練の機会を提供することで、就労による自立を促す支援を行っています。センターは2014年度現在、大都市を中心に全国9自治体21施設が設置されています。さらに、2015年度の協議段階では21自治体34施設に拡大しています。
 
 現在、我々はこれらの中の1施設で活動しています。そこでは、コミュニケーションに課題があるために、就労に至らない入所者が少なからず存在しています。中には、一度就労しても職場で対人的なトラブルを引き起こし、すぐに辞めて再入所してくる人さえいます。彼らのコミュニケーションに関する課題を改善するべく、センターは座学による講座を開講してきましたが、あまり効果は上がりませんでした。
 このような状況において、2014年7月、対人行動学の見地からコミュニケーションを研究する藤本(分析者)、文化政策学として応用演劇の発展に取り組んでいるNPO代表でもある古賀(コーディネーター)、フォーラムシアターの演じ手として豊富な経験を持つ大塚ら【Dramatic Delivery Network】のメンバーたち(トレーナー)がチームを組んで、生活困窮者を対象に“フォーラムシアター”を用いたスキルトレーニングを開始したのです。

フォーラムシアターによるスキルトレーニング

 フォーラムシアターとは、ブラジルの演出家で演劇教育家でもあるボアールが考案した参加型の問題解決プログラムです。具体的には、①観客である参加者が日ごろ直面する問題に関する短い劇を上演します(参加者自身が作って演じることもあります)。②どうしたら当該の問題を解決することができるのかを参加者とともに討論します。③討論によって得られた解決策をその場で劇に取り入れ演じ直します(解決策を思いついた時点で手を上げてもらい、そのシーンを提案者に演じてもらうこともあります)。以上のプロセスを繰り返すことで、当該の問題を解決する最善の方法をみんなで見つけ出します。フォーラムシアターでは、参加者の演劇に関する知識や技術は必要ないので、演劇経験の無い人でも自由に参加することができます。その一方、演じ手には即興劇の資質と経験が求められます。また、討論を仕切るファシリテーターも、多くの意見を引き出しつつ討論をまとめる手腕を持っていなければなりません。
 我々が就労自立支援センターで実施しているプログラムは、1日2時間で2日間の構成です。1日目は従来型のコミュニケーションスキル・トレーニングを実施し、身体を動かすことを通して参加者同士が気軽に意見を出し合える関係の構築を図ります。その上で、2日目にフォーラムシアターを行い、対人的なトラブルの回避・解決方法について考える機会を提供します。我々のプログラムでは、コンビニ店員が店長や同僚、自分の恋人とのやりとりの中で、窮地に追い込まれてしまう様子を描いた劇を上演し、誰のどの態度をどう改めると問題がうまく解決するのかを、討論を通して参加者と考えます。トレーニングというよりは視聴者参加型のクイズ番組のようで、多くの人たちが楽しみながら参加してくれています。

今後に向けて

 これまで2014年4月から2016年1月までの間に、計6回のトレーニングを実施してきました。現在は効果性の検証とプログラムの改善を図っています。我々の取り組みにより、参加者のコミュニケーションスキルと社会適応スキルが改善することが確認されました。面白いのは、参加者の個人特性によってトレーニング効果が異なるということです。詳細は今後の研究報告に譲りたいと思いますが、我々のプログラムには参加者の乏しいスキルを標準的な水準に近づける“リメディアル効果”があることが明らかになりました。この効果は就労自立センターにおけるコミュニケーション講座として望ましいものです。
 ホームレスの支援制度は2015年度に改定され、より幅広い層が対象になりました。上演する劇のシナリオを変えることでどのような問題でも扱うことができるフォーラムシアターは、多様な人々を対象に支援するのにうってつけの手法といえるでしょう。今後は、ホームレスに限らず、若者やニートなど社会の中で生きづらさを抱える人々を対象に、フォーラムシアターによるスキルトレーニングの支援を行いたいと考えています。

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