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応用心理学としての法と心理学の歴史構築応用心理学としての法と心理学の歴史構築

筆者: 若林宏輔 (文学部准教授) 執筆: 2015年5月

歴史の再構築性と心理学の新しい歴史

 近代心理学成立以降の心理学史の中心的潮流は、科学実証主義的心理学を中心に据えた実験心理学的展開、または精神分析学をひとつの柱として臨床心理学を中心に据えた歴史展開が現在最も支持されている基本的な理解です。「歴史」という行為を社会的・人間的行為の側面からみれば、これらの潮流は現代の心理学者たちの視点から構築され理解されているものであることは自明です。よって、この歴史の再構築性を前提に、新たな心理学の歴史的理解として、応用心理学史―社会実践的な心理学のアプローチの歴史―を本プロジェクトは提案していきます。なかでも「司法」という生きた場で応用され展開されてきた学問としての法心理学史の構築を本研究プロジェクトは目指しています。

法の歴史と心理学の過去の節足点

 「心理学の歴史は短く過去は長い」という言葉を記憶の心理学的研究のパイオニアであるエビングハウス(H.Ebbnighaus:1850−1909)は残しています。近代心理学は19世紀末にその産声をあげますが、心理学が扱う対象として人間探求は古くから行われてきました。一方、「法」という概念とその学問領域である「法学」もまた、心理学の過去に匹敵する、もしくはそれ以上に長い歴史を有する学問領域であると言えるでしょう。さらに法学は、法を定め人間の行動を規制するという実践的行為への研究のなかで、「人間とはどのような存在であるか」という時代時代における暗黙の人間観を包含しています。その意味では、法学の軌跡の一部は心理学の過去の一部と重なっていると言えます。どちらにせよ、心理学が司法に応用されるに至るには、近代心理学の誕生―定説に従えば、1879年ドイツでヴント(W.Wundt:1832−1920)が心理学実験室が開設することを待つことになります。

法と心理学の展開

 司法への心理学応用は、ヴントの弟子を含む世代の心理学者達の研究から始まります。世界初の法心理学研究は、ヴントのもとでアメリカ人初となる博士号を取得したキャテル(J. M. Cattel:1860-1944)が、1895年に科学雑誌「サイエンス」に掲載した“目撃記憶”実験とされています (Cattell, 1895)。この研究は「日常的に目撃している出来事」の記憶の不確かさを定量的に確かめたものでした。少し遅れて1900年にフランスでは知能検査の開発で著名なビネ(A. Binnet:1857-1911)が「被暗示性」の研究にもとづき、子どもの証言が他者からの暗示によって影響されやすいことを確かめています(Binet, 1900)。また1901年にドイツでは、エビングハウスの弟子であるシュテルン(L. W. Stern:1871−1938) が刑法学者のリスト(F. v. Liszt:1851−1919)と協働して目撃証言の上演型実験を行っています。これは世界で初の法学者と心理学者のコラボレーションでした。
これらの3名の心理学者はいずれも知能 intelligenceの研究を行った心理学者でもありました。つまり「人はどれぐらい正確に記憶を語るのか」という疑問は、知能とも関わっていますし、法廷で証拠として採用される証言の正確さとも関わってくるわけです。このように主にヨーロッパ圏においては、心理学が誕生して比較的直ぐに司法への心理学の受容が果たされたことになります。

引用文献

  • Cattell, J.M. (1895). Measurements of the accuracy of recollection. Science, 2, 761-766.
  • Binet, A. (1900). La Suggestibilité Paris: Schleicher

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